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◆ 2009.05.31 Sun

ある偉大な芸術家の想い出のために

高校時代からとてもお世話になっていたヴァイオリンの先生が先日お亡くなりになられた。

葬儀に出席するために地元に帰っていたのだが、合奏を指揮する予定があったので東京に戻ってきた。訃報を聞いた時には全く現実感が湧かないままずっと放心状態だった。式の中で献奏としてヴァイオリンを演奏させて頂いたのだが、弾いているうちに色々な思いが頭の中を巡って涙が止まらなかった。ぶっつけ本番のつたない演奏ではあったけど、先生はきっと喜んでくれたと思う。

先生は本当に音楽が大好きだった。亡くなる前日も結婚式の演奏の仕事をしていたらしく、「僕は本当にヴァイオリンが好きなんだ」と嬉しそうに話していたそうだ。去る3月21日には教室20周年記念の演奏会(僕は別の本番と被っていたので参加できなかった)があったばかりだったし、まだまだこれからだったのに、残念でならない。

高校の時に親父を亡くしていた自分にとって、先生は「お父さん」のような存在。大きなワゴンカーに乗せられて色んな所に行って、お酒飲んだり、家族団欒の輪に入れてもらったり、恋愛の相談に乗ってもらったり、大学オケの合宿に講師として二人で教えに行ったり…思い出は数え切れない。

不安定な環境で迎えた難しい思春期を僕が何とか潜り抜けることができたのは先生のお陰といっても過言じゃない、自由で豪快で大らかで本当に素敵な人だった。そんな先生と出会ったことが今の自分の人間性の礎となっているのは間違いないことで、先生に出会わなかったらきっと僕は今でも臆病で内向的な人間のままだっただろう。

ちょうど今年の夏に、自分が地元のオーケストラの定期演奏会を振ることになっていて、そのことを先生に報告して演奏会に招待しようと思っていた矢先の訃報だった。演奏する曲も僕が梅響を引退するときにも演奏した作品で先生も大好きだったチャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》だったから、演奏を聴かせられなくて本当に残念だ。

そんな無念さを吐露してばかりいても、先生はきっと喜んではくれない。これからの自分達にできることは、高校からの親友が弔辞の中で言っていた通り、先生から学んだことを思い出しながら生きていくことだ。命にはいつか終わりが来る、「明日」を生きられない人間のために明日を生きて、日常という一見有り触れた「奇跡」を大切にしていこうと思う。

先生、本当に本当にありがとうございました。安らかにお眠りください。
テーマ:生き方 - ジャンル:ライフ
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◆ 2008.07.19 Sat

いつかを今に

前の日記で書いた入院している女性のお見舞いに行ってきた。

彼女に会う時はいつも、「何か気の利いた一言を言わなきゃ」なんて構えがちなんだけど、彼女の「顔が見れただけでも幸せだから」という言葉にいつも救われてしまう。抗がん剤を打つと副作用で手足が痺れるそうだ、痺れが酷くなると服用量を減らすが、そうすると今度はガンの痛みが襲ってくるのだという。想像するだけでも耐え難い苦しみの中で彼女はいつも笑ってくれる。

「死(或いは生きること)」については高校時代に親父を亡くしてから毎日のように考えていたし、大きな存在失ったことでいろんなことを学んだつもりだけど。「予期された死」には僕が経験したものとは違ったものが混在していて、改めて色々と学ばされることが多い。「学ぶ」なんて書くと不謹慎に思うかもしれないけれど、そこには僕の知らないことがあまりにも多いのだ。

「彼女にはもう選択肢が数えるほどしかないんだ」

そんな言葉が脳裏に浮かんだ。彼女は好きな人に自分から会いに行くことができない、大好きな場所にいって風景を見ることも、お気に入りの喫茶店に行くことも…歩くことも。安直な比較論による価値観の飛躍を嫌う人間もいるだろうけど、やはりここで僕は自分の「選択肢の多さ」に気付き、それが「永遠ではない」ということに気付く。

つい気分が高まって「永遠に愛してるよ」なんて簡単に言っちゃうような軽薄さを誰もが抱いている、僕も高校時代にそんな台詞を吐いてた。でも永遠なんてものはなくて、逆にいえば今しか感じられないものや出来ないことが自分の周りには転がっている。

月並みなセリフだけど、自分をすり減らしながら毎日を生きていると、いつの間にかそういう感覚が麻痺して最後にはなくなっちまうらしい。いかに「すり減らさず」に生きるかを模索した瞬間に、人間は「一度目の死」を迎えようとしているのだろうか。

当たり前のことだけれど、たとえ同じ場所に同じ人と行ったとしても、若いうちに見えるものと老いてから見えるものはきっと違う。まったく同じ風景を見たとしても、それを「誰かを見ること」そのものの持つ意味も違ってくるし、その時の色々な状態によって全ての経験に何らかのバイアスのようなものがかかるのは間違いない。

そんなことを考えてると「またいつか」という言葉は万能であり残酷だなと思う、大人の「いつか」は果たされないことが多い。

「"いつか"なんてあって無いようなものだ、今できることを先送りするのは(なるべく)やめよう」

そんな風に思うだけでも、生き方って変わってくるよな。結構難しいけど頑張ってみようと思う。
テーマ:生き方 - ジャンル:ライフ
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◆ 2008.05.25 Sun

無難を自称する「君」へ

湯船に浸かりながら、ふと『お洒落ってなんだろう』と思う。

そんなことを考えたのは「脱オタクしてお洒落しようぜ、ひゃっほう!」みたいなアプローチで着こなしのノウハウを紹介する記事を最近よく見かけるようになったせいかもしれない。増田になってうじうじ書いてても仕方ないので、ここで思うことをカミングアウトしてみたい。

そこに提案されている着こなしは良くいっても無難だし、普通の感覚で率直にいえば大半はダサかった。とても「着こなし術」なんて括弧付きで他人に教えるようなクオリティじゃないし、書いてる人も本当はファッションに特別興味のない「無難な人」が多いんだろうと思った。真っ直ぐな向上心を抱いた素敵ボーイが、ああいった記事を鵜呑みにするのは不憫で仕方ないんだ。

まず結論から、日本人にとってのファッションとは「度胸」だ。

それが全てじゃないけどね、まぁ聞いてくれ。「日本人にとって」と書いたのには意味がある、日本人は「自分」に自信がなかったりやたらコンプレックスを持ってる人が比較的多いと思うんだ。実際に試したこともないのに「どうせ似合わない」とか「自分には派手」とか思い込んで結局はダサい格好に逃げて、それを「でも無難でしょ」と言い張る人間のなんと多いことか。

大体にして「ダサい→無難→お洒落」という3ステップで考えてるのがおかしい、世の中にはお洒落な人とそうでない人の二つしかいないんだZE。無難という言葉は優しい日本人の精一杯のフォローでしかない。お洒落かどうかを決めるポイントなんて結局センスであって、センスの無い人間はいくらメソッドを読んでもセンスのない脳みそで噛み砕いた時点でもうそれはお洒落じゃなくなってる。

そういうわけでセンスもメソッドもいらない凄く簡単な方法を提案。

ここで「お洒落な店に行って店員に全身コーディネイトを頼む」っていうと思った人は半分当たってるけど僕の提案するのはもっとハードコアです。ディスプレイのマネキンの恰好をそのまま全身買うんだ!!お洒落のことを一日中考えてるセンスの良い店員が考えた渾身のコーディネイトをそのまま頂くというわけだ。

たぶんお洒落じゃない君(仮)のセンスはそのコーディネイトに違和感や抵抗を覚えるはず、そこで物怖じない「度胸」を持つことが大事だ。その違和感こそが正にお洒落な人とそうでない人を分かつ国境線なのだと早く気付こう。試してみると急に色々見えてくるし(「髪型がマズイなぁ」とか、「靴が終わってる…」とかね)、実際に身に付けることで初めてそのコーディネイトに込められたセンスが自分に憑依する。

最初にちょっと書いた店員(お洒落な友人の方がベターだけど)に全身コーディネイトを頼むのもいいんだけどさ、恥ずかしがり屋な人にとっては買っちゃっう方が楽だと思うんだ。それが楽しいと感じた時、君(仮)が本当に高校時代に体験するべきだった「お洒落ごっこ」を取り戻せるんじゃないかな。社会人は土日しか着ないんだから余裕あること限りなし、やらない手はない。
◆ 2008.05.12 Mon

磨耗する魂と味方の見かた

中央線でまた人身事故があった。

有り余る想像力も手伝って心が痛む上に予定も狂う、社会に圧迫された人間が最後に選択した社会へのささやかな抵抗なのか、或いはたくさんの人に迷惑をかけることで生きた証を残せると思い込んでしまったのか、それとも失意の中でただ目の前の死の扉に吸い込まれていっただけなのだろうか。

そんなこと解らないし、本当は解りたくもない。いずれにしろ、ここ最近の鉄道には負のオーラが渦巻いていてブレーキ音さえ悲鳴のように聞こえてくる。気が滅入ってしまう、急ブレーキが軽くトラウマになってしまった。新しいiPodを早く買って音楽の車列の中に逃避したい。

ふとしたきっかけで、村上春樹の小説『ノルウェイの森』の中で主人公のワタナベ君が緑と入るシーンが出てくることでちょっとばかり有名なジャズ喫茶に行ってきた。薄暗くて落ち着いた雰囲気がとても気に入った、素敵な場所を教えてくれてありがとう。ずっとモヤモヤしていた気持ちがスッとした。

 ―ドイツ語の授業が終わると我々はバスに乗って新宿の町に出て、紀伊国屋書店の裏手の地下にあるDUGに入ってウォッカ・トニックを二杯ずつ飲んだ。
 ―僕は黙ってセロニアス・モンクの弾く「ハニサックル・ローズ」を聴いていた。

 DUGに着いたとき、緑は既にカウンターのいちばん端に座って酒を飲んでいた。彼女は男もののくしゃっとした白いステンカラー・コートの下に黄色い薄いセーターを着て、ブルージーンズをはいていた。そして手首にはブレスレットを二本つけていた。 
 「何を飲んでいるの?」と僕は訊いた。
 「トム・コリンズ」と緑は言った。」
                                    『ノルウェイの森』村上春樹

小説と現実が出会う瞬間。…いや、人生とは小説そのものではあるまいか!

どんなに陰鬱としたストーリーが続く小説でも最後の最後に「小さな希望」が示唆されていれば、人間は本を閉じた後に再び自分の小説の世界(≒現実世界)を前向きに歩んでいけるということだ。

そして、自分の「絶対的な味方」が存在するならばその小説を自ら閉じるべきではない。それがたとえたった1人だったとしてもだ。なぜなら君の「絶対的な味方」である人間にとっての「絶対的な味方」は君自身だからだ。
テーマ:生き方 - ジャンル:ライフ
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◆ 2008.04.28 Mon

聖火リレーに想う

聖火リレーの話が色々なところで話題に上っているので、その流れに乗って僕もこの問題についての思うところをを書いていこうと思う。

政治とスポーツは違うって言うけど、聖火リレーの始まりはナチス政権下のベルリンオリンピックだし背景にはメチャクチャ政治色があるわけで。そんな有名な史実を引用をするまでも無く、スポーツと政治は別でも、オリンピックと政治となれば話は別だろう。どれだけその裏に企業や政治の利権が絡んでることか、まして中国は過去に政治的な理由でオリンピックをボイコットしていた経験があるしだなぁ。うん。

警察の対応も酷かったらしく、チベット派は完全に押さえ込まれたらしい。要は「中国と揉めたくないから、中国人は逮捕するな」というお達しがあったのではないかと推測される、解釈によっては憲法違反に抵触しかねない暴挙である。テレビからの情報なんて当てにならない時代になっちまいました、いや昔からそうなんですけどね。



上に紹介した映像は中国人が長野駅前のモニュメントによじ登って、それを降りさせろと訴えているのに警察の方々が何故か中国側をかばうようにモニュメントを取り囲んでいるという奇妙な光景が確認できます。これが日本人だったら「ただちに降りなさい!」なんて警察は言うんでしょうが、中国人がやるとそれ黙認するどころか日本人から守っちゃうわけです。これはひどい。

結果的に、翌日のCNNなどでは「日本人も聖火を歓迎してました(笑)」というような内容の報道がされ、世界から冷たい視線が注がれている。一方で善光寺の一連の行為は海外から賞賛を受けている、あの英断が無かったら本当に日本は終わってたのかもしれない。政府はサミットとか胡錦濤来日とか示唆してチベット問題を静観、テレビ局はオリンピックの放映権をちらつかされ偏向報道…結局すべては利権で動く世の中だ。

でもね、聖火の行方ばかり気にしてるけど、その根幹にあるチベットのことを忘れたくない。拘束された僧たちがその後どうなったのか、ラサは今どんな状況なのか、死亡者は出ているのか、そういった「現場」の情報が全くといっていいくらいメディアから流れてこないことに恐怖を感じる。もう1950年代から120万人も殺されてるってんだから恐ろしい、人口5分の1以上の国民が消されたわけだ。

いつの間にか、「チベットへの関心」から「聖火への関心」へとすり替えが起きてきている気がする。上手に問題を摩り替えナショナリズムを扇動する中国政府のやり方を見ていると、あの時のことを思い出しちまうね。僕の「何もしない放置プレイが一番効果絶大」という考えはこの当時も今も変わらないわけですが、ちょっと今回は国内で起きてるから見過ごせなかった。

こういう平和ボケした時代に育った現代の若者の多くはネットで匿名で中国批判するくらいが精一杯なんだと思う。団塊の世代のようにヘルメット被って行動しようなんて熱さを持った人は殆どいない、むしろ行動するとすぐに「過激派」なんていわれてカルトな人間と見なされる恐怖が付きまとう。そういう「行動のハードル」が高くなってて、何もしないことがモラルになってるのが現代日本なのかも。

でも、これだけ日本にいる外国人が徒党を組むと物凄いことになることがわかったことで外国人参政権はますます遠のいたし、外国人留学制度を始めとした権利も問題視されていくと思う。まぁ中国に気持ち悪いくらい友好的な福田さんは何にもしてくれないと思うけど。

政治の話はここであまりしたくないんだけど、ネット上で現地の警察の対応が異常だったことを知り、その憤りを文章にしてみた次第です。つまらない文章ですいません。最後に、長野に行った友人の皆様、本当にお疲れ様でした。

かく言う自分は当日は午前中はピアノ弾きながらスコア勉強して、午後はデートしてました。愛こそが平和だ、何かあった時に一番に守らなきゃいけない存在を日常の中で大切にすることも大事だよ。これはガチ。

◆関連記事:「反日デモに想う」(2005/07/08)


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