◆ 2008.04.28 Mon
聖火リレーに想う
聖火リレーの話が色々なところで話題に上っているので、その流れに乗って僕もこの問題についての思うところをを書いていこうと思う。
政治とスポーツは違うって言うけど、聖火リレーの始まりはナチス政権下のベルリンオリンピックだし背景にはメチャクチャ政治色があるわけで。そんな有名な史実を引用をするまでも無く、スポーツと政治は別でも、オリンピックと政治となれば話は別だろう。どれだけその裏に企業や政治の利権が絡んでることか、まして中国は過去に政治的な理由でオリンピックをボイコットしていた経験があるしだなぁ。うん。
警察の対応も酷かったらしく、チベット派は完全に押さえ込まれた。要は「中国と揉めたくないから、中国人は逮捕しないでね♪」っていうお達しがあったと推測される、憲法違反に抵触しかねない暴挙である。詳しくはこちらの記事を読んでもらうと現地の状況がよく分かる。(mixiの方限定ですが、リンクして構わないとのことなので紹介させて頂きます)テレビからの情報なんて当てにならない時代になっちまいました。
上に紹介した映像は中国人が長野駅前のモニュメントによじ登って、それを降りさせろと訴えているのに警察の方々が何故か中国側をかばうようにモニュメントを取り囲んでいるという奇妙な光景が確認できます。これが日本人だったら「ただちに降りなさい!」なんて警察は言うんでしょうが、中国人がやるとそれ黙認するどころか日本人から守っちゃうわけです。これはひどい。
結果的に、翌日のCNNなどでは「日本人も聖火を歓迎してました(笑)」というような内容の報道がされ、世界から冷たい視線が注がれている。一方で善光寺の一連の行為は海外から賞賛を受けている、あの英断が無かったら本当に日本は終わってたのかもしれない。政府はサミットとか胡錦濤来日とか示唆してチベット問題を静観、テレビ局はオリンピックの放映権をちらつかされ偏向報道…結局すべては利権で動く世の中だ。
でもね、聖火の行方ばかり気にしてるけど、その根幹にあるチベットのことを忘れたくない。拘束された僧たちがその後どうなったのか、ラサは今どんな状況なのか、死亡者は出ているのか、そういった「現場」の情報が全くといっていいくらいメディアから流れてこないことに恐怖を感じる。もう1950年代から120万人も殺されてるってんだから恐ろしい、人口5分の1以上の国民が消されたわけだ。
いつの間にか、「チベットへの関心」から「聖火への関心」へとすり替えが起きてきている気がする。上手に問題を摩り替えナショナリズムを扇動する中国政府のやり方を見ていると、あの時のことを思い出しちまうね。僕の「何もしない放置プレイが一番効果絶大」という考えはこの当時も今も変わらないわけですが、ちょっと今回は国内で起きてるから見過ごせなかった。
こういう平和ボケした時代に育った現代の若者の多くはネットで匿名で中国批判するくらいが精一杯なんだと思う。団塊の世代のようにヘルメット被って行動しようなんて熱さを持った人は殆どいない、むしろ行動するとすぐに「過激派」なんていわれてカルトな人間と見なされる恐怖が付きまとう。そういう「行動のハードル」が高くなってて、何もしないことがモラルになってるのが現代日本なのかも。
でも、これだけ日本にいる外国人が徒党を組むと物凄いことになることがわかったことで外国人参政権はますます遠のいたし、外国人留学制度を始めとした権利も問題視されていくと思う。まぁ中国に気持ち悪いくらい友好的な福田さんは何にもしてくれないと思うけど。
政治の話はここであまりしたくないんだけど、ネット上で現地の警察の対応が異常だったことを知り、その憤りを文章にしてみた次第です。つまらない文章ですいません。最後に、長野に行った友人の皆様、本当にお疲れ様でした。
かく言う自分は当日は午前中はピアノ弾きながらスコア勉強して、午後はワイフとデートしてました。愛こそが平和だ、何かあった時に一番に守らなきゃいけない存在を日常の中で大切にすることも大事だよ。これはガチ。
◆関連記事:「反日デモに想う」(2005/07/08)
政治とスポーツは違うって言うけど、聖火リレーの始まりはナチス政権下のベルリンオリンピックだし背景にはメチャクチャ政治色があるわけで。そんな有名な史実を引用をするまでも無く、スポーツと政治は別でも、オリンピックと政治となれば話は別だろう。どれだけその裏に企業や政治の利権が絡んでることか、まして中国は過去に政治的な理由でオリンピックをボイコットしていた経験があるしだなぁ。うん。
警察の対応も酷かったらしく、チベット派は完全に押さえ込まれた。要は「中国と揉めたくないから、中国人は逮捕しないでね♪」っていうお達しがあったと推測される、憲法違反に抵触しかねない暴挙である。詳しくはこちらの記事を読んでもらうと現地の状況がよく分かる。(mixiの方限定ですが、リンクして構わないとのことなので紹介させて頂きます)テレビからの情報なんて当てにならない時代になっちまいました。
上に紹介した映像は中国人が長野駅前のモニュメントによじ登って、それを降りさせろと訴えているのに警察の方々が何故か中国側をかばうようにモニュメントを取り囲んでいるという奇妙な光景が確認できます。これが日本人だったら「ただちに降りなさい!」なんて警察は言うんでしょうが、中国人がやるとそれ黙認するどころか日本人から守っちゃうわけです。これはひどい。
結果的に、翌日のCNNなどでは「日本人も聖火を歓迎してました(笑)」というような内容の報道がされ、世界から冷たい視線が注がれている。一方で善光寺の一連の行為は海外から賞賛を受けている、あの英断が無かったら本当に日本は終わってたのかもしれない。政府はサミットとか胡錦濤来日とか示唆してチベット問題を静観、テレビ局はオリンピックの放映権をちらつかされ偏向報道…結局すべては利権で動く世の中だ。
でもね、聖火の行方ばかり気にしてるけど、その根幹にあるチベットのことを忘れたくない。拘束された僧たちがその後どうなったのか、ラサは今どんな状況なのか、死亡者は出ているのか、そういった「現場」の情報が全くといっていいくらいメディアから流れてこないことに恐怖を感じる。もう1950年代から120万人も殺されてるってんだから恐ろしい、人口5分の1以上の国民が消されたわけだ。
いつの間にか、「チベットへの関心」から「聖火への関心」へとすり替えが起きてきている気がする。上手に問題を摩り替えナショナリズムを扇動する中国政府のやり方を見ていると、あの時のことを思い出しちまうね。僕の「何もしない放置プレイが一番効果絶大」という考えはこの当時も今も変わらないわけですが、ちょっと今回は国内で起きてるから見過ごせなかった。
こういう平和ボケした時代に育った現代の若者の多くはネットで匿名で中国批判するくらいが精一杯なんだと思う。団塊の世代のようにヘルメット被って行動しようなんて熱さを持った人は殆どいない、むしろ行動するとすぐに「過激派」なんていわれてカルトな人間と見なされる恐怖が付きまとう。そういう「行動のハードル」が高くなってて、何もしないことがモラルになってるのが現代日本なのかも。
でも、これだけ日本にいる外国人が徒党を組むと物凄いことになることがわかったことで外国人参政権はますます遠のいたし、外国人留学制度を始めとした権利も問題視されていくと思う。まぁ中国に気持ち悪いくらい友好的な福田さんは何にもしてくれないと思うけど。
政治の話はここであまりしたくないんだけど、ネット上で現地の警察の対応が異常だったことを知り、その憤りを文章にしてみた次第です。つまらない文章ですいません。最後に、長野に行った友人の皆様、本当にお疲れ様でした。
かく言う自分は当日は午前中はピアノ弾きながらスコア勉強して、午後はワイフとデートしてました。愛こそが平和だ、何かあった時に一番に守らなきゃいけない存在を日常の中で大切にすることも大事だよ。これはガチ。
◆関連記事:「反日デモに想う」(2005/07/08)
◆ 2007.11.23 Fri
性教育より性の環境
学生の妊娠中絶が後を絶たないそうだ。
教師をしている友人はこんな意見を言っていた。
「セックスを抑圧することはできない、抑圧するとかえって歪んだ性を助長してしまうしね、やっぱり性教育をきちんとするしかないよ」
でも「きちんとする」なんて、そんな頭の固いオッサンが考えそうな漠然としたスタンスじゃ絶対に解決できないと思うんだよね、若者達が避妊しないもう一つの理由を見逃してる気がする。
それは「避妊具の値段が高すぎる」ということだ。若者もバカではないから、避妊具を付けないことで背負うリスクなど教育されなくたって知っている。
それでも学生にとってコンドームに1500円以上かけるのは経済的にきついだろう、しかし彼らの性欲はそんなことお構いなしで湧き上がってくるわけで、準備が万全でないまま危険なセックスに及んでしまうわけだ。
国で製造会社に補助金とか出すなりして避妊具を安くすれば、この問題はだいぶ解決する気がする。まぁ実際そうするのは難しいけど。「大人になるまでセックスするな!」なんて言っても無理だ、そんなこと言ってる大人だって自分が若い頃はやることやってたんだから。あとはアダルトビデオの●外射精を法律で禁止すればあれを真似する男優気取りのアホも減ると思う。
性教育にしても大人が「寝た子を起こすな」みたいなスタンスを貫いたって、子供はもう既に「起きてる」わけだから、前提論をシフトしないと始まらないんだろうなぁ。
そういう意味で、我が母校である福島高校の男子校時代の保健体育の授業は神がかってた。F野先生の「おめぇら、ちゃんと付けろよ!」という一言が忘れられません、あんたはえらい!
◆関連記事:「避妊を考える」(2004/12/11)
教師をしている友人はこんな意見を言っていた。
「セックスを抑圧することはできない、抑圧するとかえって歪んだ性を助長してしまうしね、やっぱり性教育をきちんとするしかないよ」
でも「きちんとする」なんて、そんな頭の固いオッサンが考えそうな漠然としたスタンスじゃ絶対に解決できないと思うんだよね、若者達が避妊しないもう一つの理由を見逃してる気がする。
それは「避妊具の値段が高すぎる」ということだ。若者もバカではないから、避妊具を付けないことで背負うリスクなど教育されなくたって知っている。
それでも学生にとってコンドームに1500円以上かけるのは経済的にきついだろう、しかし彼らの性欲はそんなことお構いなしで湧き上がってくるわけで、準備が万全でないまま危険なセックスに及んでしまうわけだ。
国で製造会社に補助金とか出すなりして避妊具を安くすれば、この問題はだいぶ解決する気がする。まぁ実際そうするのは難しいけど。「大人になるまでセックスするな!」なんて言っても無理だ、そんなこと言ってる大人だって自分が若い頃はやることやってたんだから。あとはアダルトビデオの●外射精を法律で禁止すればあれを真似する男優気取りのアホも減ると思う。
性教育にしても大人が「寝た子を起こすな」みたいなスタンスを貫いたって、子供はもう既に「起きてる」わけだから、前提論をシフトしないと始まらないんだろうなぁ。
そういう意味で、我が母校である福島高校の男子校時代の保健体育の授業は神がかってた。F野先生の「おめぇら、ちゃんと付けろよ!」という一言が忘れられません、あんたはえらい!
◆関連記事:「避妊を考える」(2004/12/11)
◆ 2007.11.20 Tue
言葉が人生を変える
言葉は重要だ。言葉で人生は変わる。
「どれでも良いよ…」
「どれも良いね!」
どちらの言葉も同じことを意味しているけど、言われた相手が受ける印象が全く変わってくるのがわかる。その一瞬に放つ一言で場の空気も何もかも変わっていく、基本的に誰にでも好かれる人って「言葉」のニュアンスを吟味するのが上手なんだと思う。
「楽しかったけど、疲れたね…」
「疲れたけど、楽しかったね!」
感覚として日本語は最後の言葉がもっともインパクトが残るし、文法的にいっても「〜できる」「〜できない」などの一番重要な言葉が語尾に示されることが多いから、語尾マイナスの意味で終わるかプラスの意味で終わるかで印象は大きく変わっていくと思う。
この辺りから普段耳に入ってくる日常会話に考えをめぐらせていると、結論を先に言ってしまう現代日本人の短絡さに気付いてくる。「お粗末な演繹法」とでも言えば良いだろうか。例えば女の子がよく言ってるこんな台詞、たぶん誰でも聞いたことがあると思う。
「昨日ビックリした、〜が〜で…」
確かに最初に結論を言ってしまえば話の見通しも付きやすいから貧弱な語彙で出来事を伝える上ではとても便利なやり方なんだろう。でもこういう順番で人をひきつける話をするのは難しい、最初に話が見えすぎて興味をそそらないし、「〜が〜で…(ビックリしたの)」というような感じに結論が再び続くことが多いので内容もクドく感じるのだ
「昨日〜が〜で…、ビックリした。」
こんな風に帰納法的に話した方がスマートだし、気持ちも伝わりやすい気がする。気持ちを早く伝えたいという衝動をこらえて順序良く話すことが大事だ、「〜が〜で…」の部分を説明する語彙力に自信がない人は、なおさら意識的に話し方を変えて「内容」から伝えたい感情やを導く練習をすると良い気がする。
そう、オチを最初に言うと話がつまらなくなるのだ。基本的に「話の面白くない人」というのは、大抵このミスをして自分の首を絞めている気がする。例えば、昔話の代表作「桃太郎」を人に聞かせるというシチュエーションに置き換えると、いかにメチャクチャなことをしているかがわかる。
「桃太郎が鬼を退治したの、おじいさんは山へ芝刈りに…」
いきなりクライマックス!テンションの高さは伝わってくるけどこれじゃダメだね。(笑)言葉は重要だ!言葉を磨こうと思った。
「どれでも良いよ…」
「どれも良いね!」
どちらの言葉も同じことを意味しているけど、言われた相手が受ける印象が全く変わってくるのがわかる。その一瞬に放つ一言で場の空気も何もかも変わっていく、基本的に誰にでも好かれる人って「言葉」のニュアンスを吟味するのが上手なんだと思う。
「楽しかったけど、疲れたね…」
「疲れたけど、楽しかったね!」
感覚として日本語は最後の言葉がもっともインパクトが残るし、文法的にいっても「〜できる」「〜できない」などの一番重要な言葉が語尾に示されることが多いから、語尾マイナスの意味で終わるかプラスの意味で終わるかで印象は大きく変わっていくと思う。
この辺りから普段耳に入ってくる日常会話に考えをめぐらせていると、結論を先に言ってしまう現代日本人の短絡さに気付いてくる。「お粗末な演繹法」とでも言えば良いだろうか。例えば女の子がよく言ってるこんな台詞、たぶん誰でも聞いたことがあると思う。
「昨日ビックリした、〜が〜で…」
確かに最初に結論を言ってしまえば話の見通しも付きやすいから貧弱な語彙で出来事を伝える上ではとても便利なやり方なんだろう。でもこういう順番で人をひきつける話をするのは難しい、最初に話が見えすぎて興味をそそらないし、「〜が〜で…(ビックリしたの)」というような感じに結論が再び続くことが多いので内容もクドく感じるのだ
「昨日〜が〜で…、ビックリした。」
こんな風に帰納法的に話した方がスマートだし、気持ちも伝わりやすい気がする。気持ちを早く伝えたいという衝動をこらえて順序良く話すことが大事だ、「〜が〜で…」の部分を説明する語彙力に自信がない人は、なおさら意識的に話し方を変えて「内容」から伝えたい感情やを導く練習をすると良い気がする。
そう、オチを最初に言うと話がつまらなくなるのだ。基本的に「話の面白くない人」というのは、大抵このミスをして自分の首を絞めている気がする。例えば、昔話の代表作「桃太郎」を人に聞かせるというシチュエーションに置き換えると、いかにメチャクチャなことをしているかがわかる。
「桃太郎が鬼を退治したの、おじいさんは山へ芝刈りに…」
いきなりクライマックス!テンションの高さは伝わってくるけどこれじゃダメだね。(笑)言葉は重要だ!言葉を磨こうと思った。
◆ 2007.10.31 Wed
インドの健康エロと日本の退廃エロ
妙に日本語が流暢なインド人がいるインド料理屋にカレーを食べに行ってきた。店内の大きな液晶テレビでインド映画(DVDが店内で販売されている)がずっと流れているのだが、なかなか興味深いテイストで僕は思わず釘付けになってしまった。
なぜか男性の髪型がウエストサイドストーリーを彷彿とさせるリーゼント、一昔前のアメリカ映画のような懐かしい雰囲気が漂っている。男女が求め合うシーンには現代に見られるような退廃や不健康さは微塵もなく非常に健康的だ、きっと彼らは朝食で野菜スティックを齧り休日はエアロビクスを興じているに違いない。健全なエロティシズムに見ているこっちが恥ずかしくなる。
高校時代に学んだ古文なんかを思い出してみて、日本のエロティシズムって昔っから文学的だったんだなって思う。月の光も届かない暗い部屋で、香の匂いで相手が誰かを認識し情事に臨む…みたいな。(それって目隠しプレイじゃねえか!)その名残かどうかは分からないが日本人の90%くらいは今でも部屋を暗くしてセックスをするわけだ。
これは「日本人は恥ずかしがりやだから」とか、そんな短絡的な理由じゃ片付けられないぜ。日本人はセックスを肉体と肉体のぶつかり合うスポーツ的な行為ではなく、精神と精神のぶつかり合うクレバーな行為へと高めようとしてきたに違いあるまい!文学的な意味で、セックスが最も美しいのは日本かもしれないと思う。
世界にそういう詩的なラブシーンを広めたのは日本なのかもしれない、実際のところ現代の海外映画のラブシーンの中にも日本的な奥床しさが漂うものが増えたように思う。安倍さん的に言えば「セックスの美しい国」、かつ麻生さん的にいえば「とてつもないセックスをする日本」というわけだ。これは十分世界に誇っていいと思う。いや、嘘かもしれない。
そんなガキ共がドン引きしちゃう話はさておき、カレー美味かった。食べてる最中にふと思ったんだけど、ナンとフォカッチャって似てるよね。インドとイタリアという発祥の違いこそあれ、原料はほとんど同じような気がする。こんどインド人に聞いてみよう。いや…ググった方が早いかもしれない。いや、本当はどうでもいい。(自己完結)
「中国はこれから(経済的に)来ると思う」なんてアナリストの受け売りで言ってる人が多いわけだが、実際に行ってみて目の当たりにしたあの粗雑な国民性を考えると正直たかが知れてると思うがどうか。実際取引してる会社員の話を聞いても、契約とか簡単に破るらしいし。クレバーで誠実なインドの方が将来性を感じる、質より量の時代はいい加減もうそろそろ終わっていい気がしている。
コメントを頂いたのでやりとりをそのまま紹介。
やっぱ中国は強いのか、生産性においては圧倒的なんでしょうね。ただ僕が一番引っ掛かっているのは成長の「アンバランスさ」、現代的で立派なビルが立ち並ぶ大通りから一歩街に足を踏み入れると、民衆の暮らしはまだ変わってなくて、小さい子供が「謝謝」なんて言いながらお金をせがんできたりして。そういうアンバランスさです。
ハードばかりが急成長していてソフトが追い付いてないというか、民衆の意識・文化っていうのはそんなにすぐに変われない気がします。外資がガンガン入ってくるという点で、太平洋戦争後の日本とはだいぶ色合いが変わっているように思うのですが実際どうなのでしょう?すぐに高齢化社会に突入っていうのは気付かなかった、本当だ!!
ちょっと気になったのでインド人と働いてる友人に聞いたら「インド人もけっこうテキトーだよ」だそうです、わはは
外資にとって魅力的でなかったんですね、日本はラッキーだったな。確かに中国人は国を信用していないですね、体制的に仕方ないけど。あの妙な捻くれの根源はその「不信感」にあるのかなと思いました。
なぜか男性の髪型がウエストサイドストーリーを彷彿とさせるリーゼント、一昔前のアメリカ映画のような懐かしい雰囲気が漂っている。男女が求め合うシーンには現代に見られるような退廃や不健康さは微塵もなく非常に健康的だ、きっと彼らは朝食で野菜スティックを齧り休日はエアロビクスを興じているに違いない。健全なエロティシズムに見ているこっちが恥ずかしくなる。
高校時代に学んだ古文なんかを思い出してみて、日本のエロティシズムって昔っから文学的だったんだなって思う。月の光も届かない暗い部屋で、香の匂いで相手が誰かを認識し情事に臨む…みたいな。(それって目隠しプレイじゃねえか!)その名残かどうかは分からないが日本人の90%くらいは今でも部屋を暗くしてセックスをするわけだ。
これは「日本人は恥ずかしがりやだから」とか、そんな短絡的な理由じゃ片付けられないぜ。日本人はセックスを肉体と肉体のぶつかり合うスポーツ的な行為ではなく、精神と精神のぶつかり合うクレバーな行為へと高めようとしてきたに違いあるまい!文学的な意味で、セックスが最も美しいのは日本かもしれないと思う。
世界にそういう詩的なラブシーンを広めたのは日本なのかもしれない、実際のところ現代の海外映画のラブシーンの中にも日本的な奥床しさが漂うものが増えたように思う。安倍さん的に言えば「
そんなガキ共がドン引きしちゃう話はさておき、カレー美味かった。食べてる最中にふと思ったんだけど、ナンとフォカッチャって似てるよね。インドとイタリアという発祥の違いこそあれ、原料はほとんど同じような気がする。こんどインド人に聞いてみよう。いや…ググった方が早いかもしれない。いや、本当はどうでもいい。(自己完結)
「中国はこれから(経済的に)来ると思う」なんてアナリストの受け売りで言ってる人が多いわけだが、実際に行ってみて目の当たりにしたあの粗雑な国民性を考えると正直たかが知れてると思うがどうか。実際取引してる会社員の話を聞いても、契約とか簡単に破るらしいし。クレバーで誠実なインドの方が将来性を感じる、質より量の時代はいい加減もうそろそろ終わっていい気がしている。
コメントを頂いたのでやりとりをそのまま紹介。
やはり人口が多くて人件費が安い国は強いです(昔の日本も通った道を歩んでるかんじ)。 けど、彼らは一人っ子政策なので、すぐに高齢化社会に突入します。あーかわいそう(←あんまりホンキで思っていない)。
インドでも仕事しましたが、インドの人も・・・・。 ただ、中国もインドも、古くからの文明国なので、すごい仕事をする人はすごいです。
やっぱ中国は強いのか、生産性においては圧倒的なんでしょうね。ただ僕が一番引っ掛かっているのは成長の「アンバランスさ」、現代的で立派なビルが立ち並ぶ大通りから一歩街に足を踏み入れると、民衆の暮らしはまだ変わってなくて、小さい子供が「謝謝」なんて言いながらお金をせがんできたりして。そういうアンバランスさです。
ハードばかりが急成長していてソフトが追い付いてないというか、民衆の意識・文化っていうのはそんなにすぐに変われない気がします。外資がガンガン入ってくるという点で、太平洋戦争後の日本とはだいぶ色合いが変わっているように思うのですが実際どうなのでしょう?すぐに高齢化社会に突入っていうのは気付かなかった、本当だ!!
ちょっと気になったのでインド人と働いてる友人に聞いたら「インド人もけっこうテキトーだよ」だそうです、わはは
実際に2年くらい住んで思ったけれど、確かにアンバランスでしたね〜。
太平洋戦争の後の日本とは色合いは違うのですが、むしろ国としての雰囲気は明治の日本と近いのかも(ただ、幸運なことに、外資にとっては市場として日本は中国ほど魅力ではなかったみたいです)
しかし、あれですよ、中国人は国を全く信用していませんからね。高収入の人でも、貯金をする人はホント少ないです(何があるかわからないから)。というか身内しか信用していないと思います。同族企業ばかりなので、世界的規模の企業ってないですもんね。
外資にとって魅力的でなかったんですね、日本はラッキーだったな。確かに中国人は国を信用していないですね、体制的に仕方ないけど。あの妙な捻くれの根源はその「不信感」にあるのかなと思いました。
◆ 2007.10.18 Thu
美しくない国
16日の参院予算委員会でものすごいパンドラの箱が開けられたらしい。
びっくらこいた。この手の話は過去に関連の著書読んだからある程度知ってるけど、実際それを目の当たりにすると恐ろしくて震えてしまう。速記中止、音声停止…国家の本当の闇を知る権利は国民にはない。
マスコミさえ黙認する国家のタブー、日本は怖い国だ。確かにとてつもないけど、美しくはない。政教分離の原則が及ばぬ聖域がこの国の政治には存在している、そこら辺のホラー映画よりずっと恐ろしい「ノンフィクション」がここには刻まれている。
別に僕はここで何も否定しようとは思ってない、ただひたすら戦慄を覚えただけだ。
びっくらこいた。この手の話は過去に関連の著書読んだからある程度知ってるけど、実際それを目の当たりにすると恐ろしくて震えてしまう。速記中止、音声停止…国家の本当の闇を知る権利は国民にはない。
マスコミさえ黙認する国家のタブー、日本は怖い国だ。確かにとてつもないけど、美しくはない。政教分離の原則が及ばぬ聖域がこの国の政治には存在している、そこら辺のホラー映画よりずっと恐ろしい「ノンフィクション」がここには刻まれている。
別に僕はここで何も否定しようとは思ってない、ただひたすら戦慄を覚えただけだ。


