◆ 2005.04.30 Sat
失ったものを失ったまま
JR福知山線の脱線事故で、一瞬にして沢山の命が奪われた。
早すぎる死、突然の死に遺族は深い悲しみに暮れている、「あの時に戻れたら…」と誰もが想いを巡らしていることだろう。人間は過去を振り替えることはできても、それを取り戻すことは絶対にできない、「先に進むこと」しかできない世界の非情な摂理がそこにある。失ったものを失ったまま残された人間は過去に後ろ髪を引かれながら生きていく。その心中を察すると本当に胸が痛む、亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。
あの脱線事故が発生した直後だったろうか、たまたまDVDで「トゥルー・コーリング」というTVシリーズを観た。医学部を目指す傍ら、死体安置所(モルグ)でインターンをする女性、トゥルーが何らかの事件に巻き込まれた死体に助けを求められ、時をさかのぼってその死ぬはずだった人を助けるという内容である。
タイミングがタイミングだけに色々と考えさせられた。その女性は幼い時に目の前で母親が殺されるという辛い経験をしていて、何故母親が殺されたあの日には戻れなかったのかとずっと悔やみ続けている。それが今回の事故と重なってなんだか胸が締め付けられた。
いや、かつて僕自身の中にも、そういう「想い」があった。父親が亡くなった「あの日」に戻れたら…と高校時代の僕はずっと悔やみ続けていた。様々な「もしも〜」を考えては、実際はそうできなかった過去の自分を悔やみ続けていた。時間が経つにつれて「先に進み続けるしかない」と思うようになっていき、その「痛み」を抱えながら今日まで生きてきた。
早すぎた死、突然の死を目のあたりにすると自分の中にあったそういう感情が再び沸々と煮え返ってくるのが自分で分かる。でも結局は先に進み続けるしかない、こうしている今も時間は無機質な行進を続けている。僕はその行進に乗り遅れないように歩く。失ったものを失ったまま、過去に後ろ髪を引かれながら。生きていく。
しかし、忘れてはいけない。「時間」という万能の薬が、すべての記憶をオブラートで包み、やがて完全に見えなくしてしまうから。「忘却」とは被害者にとっては「残酷なもの」で、加害者にとってはこの上なく「便利なもの」である。
【脱線事故に関する追記。】
日勤教育という名の「虐め」によって追い詰められた運転手の気持ちを考えると、本当に胸が痛む。毎日大量のレポートを書かされ、罵声・罵倒を浴びせらる、仕舞いには「今度ミスを犯したら辞める」という約束しないと次の乗務ができないという。これが「再教育」といえるのだろうか。
そんな仕打ちをうけて、まともな精神状態で業務に戻れる人間などいるはずがない。実際、この日勤教育は過去に自殺者を出しているという、それでもなお見直されないまま続けられていたという事実は恐ろしい。利益を優先するあまり、安全と人命が軽視されていたというべきだろう。そこに人間の「心」はない。
巨大な組織というものは時に、人としての「ぬくもり」をまったく感じさせぬほど肥大化した無機物のようだ。考えるだけで恐ろしい。
早すぎる死、突然の死に遺族は深い悲しみに暮れている、「あの時に戻れたら…」と誰もが想いを巡らしていることだろう。人間は過去を振り替えることはできても、それを取り戻すことは絶対にできない、「先に進むこと」しかできない世界の非情な摂理がそこにある。失ったものを失ったまま残された人間は過去に後ろ髪を引かれながら生きていく。その心中を察すると本当に胸が痛む、亡くなった方々のご冥福をお祈りしたい。
あの脱線事故が発生した直後だったろうか、たまたまDVDで「トゥルー・コーリング」というTVシリーズを観た。医学部を目指す傍ら、死体安置所(モルグ)でインターンをする女性、トゥルーが何らかの事件に巻き込まれた死体に助けを求められ、時をさかのぼってその死ぬはずだった人を助けるという内容である。
タイミングがタイミングだけに色々と考えさせられた。その女性は幼い時に目の前で母親が殺されるという辛い経験をしていて、何故母親が殺されたあの日には戻れなかったのかとずっと悔やみ続けている。それが今回の事故と重なってなんだか胸が締め付けられた。
いや、かつて僕自身の中にも、そういう「想い」があった。父親が亡くなった「あの日」に戻れたら…と高校時代の僕はずっと悔やみ続けていた。様々な「もしも〜」を考えては、実際はそうできなかった過去の自分を悔やみ続けていた。時間が経つにつれて「先に進み続けるしかない」と思うようになっていき、その「痛み」を抱えながら今日まで生きてきた。
早すぎた死、突然の死を目のあたりにすると自分の中にあったそういう感情が再び沸々と煮え返ってくるのが自分で分かる。でも結局は先に進み続けるしかない、こうしている今も時間は無機質な行進を続けている。僕はその行進に乗り遅れないように歩く。失ったものを失ったまま、過去に後ろ髪を引かれながら。生きていく。
しかし、忘れてはいけない。「時間」という万能の薬が、すべての記憶をオブラートで包み、やがて完全に見えなくしてしまうから。「忘却」とは被害者にとっては「残酷なもの」で、加害者にとってはこの上なく「便利なもの」である。
【脱線事故に関する追記。】
日勤教育という名の「虐め」によって追い詰められた運転手の気持ちを考えると、本当に胸が痛む。毎日大量のレポートを書かされ、罵声・罵倒を浴びせらる、仕舞いには「今度ミスを犯したら辞める」という約束しないと次の乗務ができないという。これが「再教育」といえるのだろうか。
そんな仕打ちをうけて、まともな精神状態で業務に戻れる人間などいるはずがない。実際、この日勤教育は過去に自殺者を出しているという、それでもなお見直されないまま続けられていたという事実は恐ろしい。利益を優先するあまり、安全と人命が軽視されていたというべきだろう。そこに人間の「心」はない。
巨大な組織というものは時に、人としての「ぬくもり」をまったく感じさせぬほど肥大化した無機物のようだ。考えるだけで恐ろしい。
◆ 2005.04.27 Wed
ウィーン・フィルという個性

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(Wiener Philharmoniker)は独特の感性を持った団体である、長年にわたってあの素晴らしいサウンドの個性を維持している秘密はどこにあるのだろうか。
「生粋のウィーンっ子が多いから」とある人は言っていた、もちろんそれもあるとは思うが、それ以上に教育されてきている環境的要因が大きいのではないだろうか。
ウィーン国立音大の教授のほとんどはウィーン・フィルのメンバーで(現役団員で兼務している人も多い)、ウィーン・フィルに将来入団する人間は学生の時からウィーン・フィル流の音楽を教えられて育っていくそうだ。
つまりウィーン・フィルのメンバーは「寄せ集め」という感じではない、それが長年あのサウンドの個性を維持している大きな要因ではないかと僕は考えている。
もう1つの要因としては音楽に向かうスタンス。ウィーン・フィルの団員はウィーン国立歌劇場のメンバーから選ばれた人間が集まっていて組織はもちろんすべて自主運営、要するに歌劇場の方が本業というか「お仕事」といっていい。
要するにウィーンフィルは「音楽クラブ」みたいなもので、活動は仕事というよりは本質的には趣味といった方が正しい。(歌劇場ではなくウィーン・フィルが母体だと勘違いしている人は結構多い)
だから日本のオケにあるような「仕事で弾いてる」的な腐った感覚はなく、心から「音楽を楽しんでる」という感じがする。その「趣味性」があの独特の熱気、素晴らしいサウンドを作り出しているのではないかと僕は思う。
こうやってみるとウィーン・フィルという団体は運営においても音楽と付き合うスタンスにおいても(意外なことに)日本の「学生オケ」に非常に近いことがわかる、僕は学生オケ独特のあの熱気、雰囲気と似たようなものをウィーン・フィルの演奏から感じることがよくある。
だからこそウィーン・フィルの個性はプロの世界では際立った存在だし、世界中に熱狂的なファンを生んでいるのではないだろうか。これからもその地位が揺らぐことは無いだろう、僕も一人の聴衆としてこれからもウィーン・フィルのサウンドを楽しんで行きたいと思う。
◆ 2005.04.26 Tue
「メソッド」を考える
音楽でいうなら現行の「メソッド」というのは基本的に「平均的な技術」を身につける方法論といったところだろうか、もちろん「前衛とは、積み上げたベーシックの上にしか成りえない」という言葉が示唆しているようにそれが無いことには何も生まれないのは確かでである。
ただそういう「メソッド」は芸術における個性を育む役割までは負っていない、同じ「機械」を大量生産するような危険な一面がメソッドには存在している。その一因には芸術的行為の本質的な存在意義を明確にしてくれる本当の「メソッド」のあるべき姿がそこにはないということも挙げられる。
そうあれば良いのだが芸術の多義性ゆえにそれは難しいだろう。そういう部分はいかに過去の踏襲である現行の「メソッド」を踏まえたうえで、自分の頭でそういうことを考えて芸術活動をしていくかどうかにかかっていくような気がする。
そう、僕の考える本当に意味のある「歴史」とは、ただ機械的に積み重ねられた時間ではなく、思考によって整理され積み重ねれたものだ。そこにはじめて自分の「メソッド」(本当の「メソッド」)は築かれていくんだと思う。
音楽コンクールは芸術で「運動会」をしているだけといっても良い、ただその解りやすさが面白いのだろう。
芸術に絶対的な優劣をつけることはタブーである、しかしコンクールでは審査員が優劣を決める絶対神のようなもの。そのタブーを犯すところにコンクールの「面白さ」(いささかアイロニックな表現だが)がある、つまるところあれは芸術ではないと思っている。
コンクールも参加している演奏者がどう位置づけて参加しているかが重要なんだと思う。
ただそういう「メソッド」は芸術における個性を育む役割までは負っていない、同じ「機械」を大量生産するような危険な一面がメソッドには存在している。その一因には芸術的行為の本質的な存在意義を明確にしてくれる本当の「メソッド」のあるべき姿がそこにはないということも挙げられる。
そうあれば良いのだが芸術の多義性ゆえにそれは難しいだろう。そういう部分はいかに過去の踏襲である現行の「メソッド」を踏まえたうえで、自分の頭でそういうことを考えて芸術活動をしていくかどうかにかかっていくような気がする。
そう、僕の考える本当に意味のある「歴史」とは、ただ機械的に積み重ねられた時間ではなく、思考によって整理され積み重ねれたものだ。そこにはじめて自分の「メソッド」(本当の「メソッド」)は築かれていくんだと思う。
音楽コンクールは芸術で「運動会」をしているだけといっても良い、ただその解りやすさが面白いのだろう。
芸術に絶対的な優劣をつけることはタブーである、しかしコンクールでは審査員が優劣を決める絶対神のようなもの。そのタブーを犯すところにコンクールの「面白さ」(いささかアイロニックな表現だが)がある、つまるところあれは芸術ではないと思っている。
コンクールも参加している演奏者がどう位置づけて参加しているかが重要なんだと思う。
◆ 2005.04.21 Thu
クラシック?現代音楽?
音楽を初めとした芸術を語る時に、「ネオ」、「ポスト」、「ニュー」といった言葉が使われる。現代的な雰囲気むんむんのこの言葉だが、結局のところ、「新しくて分類できない(或いは分類が難しい)」ということなんだと思う。乱暴な意見だが。
クラシックの場合、どんな作曲家もバッハなどに始まる様々な過去の作曲家のスタイル、作曲技法を勉強して自分の技術を磨き個性を確立していくわけで、一般人の理解を超えたような「現代音楽」の作曲家においても(一部の例外を除いて)そのプロセスはきちんと存在している。
ところで「クラシック」という言葉は文字のまま訳すならば「古典」ということになるだろうか、そう考えると「現代音楽」の領域に入ってくると、もはやそれをクラシックと呼んでいいのかわからなくなる。しかし個人的な考えとしては、前に述べたプロセスの延長上にある以上はそれらはクラシックといっても良いと思う。
「クラシック」という言葉の本来の意味を考えると納得がいかない方もいらっしゃると思うが、もはや「クラシック」という言葉は古典という意味から切り離されたジャンルを表す固有名詞と考えた方がわかりやすい気がする。またしても乱暴な意見だが。
まぁ元々の意味で考えを巡らせると、20世紀の始めにストラヴィンスキーが「春の祭典」を生み出した辺りから、クラシックと現代音楽の間に決定的な一線が引かれたとも思えなくはないし(といってもこれは「ロシア音楽」の潮流の中での話だが)、ドビュッシーも後期の作品に入ると現代音楽といったほうがしっくり来る気がする。
しかし、上に挙げた作曲家は「クラシック」という世界の中で一般的には語られている。もしかすると「クラシック」だと思いこんで、過去の作品との断絶を隠している(或いは黙殺している)だけかもしれない。或いは、時間が経ったから「クラシック」に落ち着いただけとも言えなくはないだろう、どんな音楽もその当時を生きていた人間にとっては「現代音楽」だったのだから。
うーん、この話題についてはまだまだ勉強不足なのでポレミックな意見は差し控えさせていただく。
クラシックの場合、どんな作曲家もバッハなどに始まる様々な過去の作曲家のスタイル、作曲技法を勉強して自分の技術を磨き個性を確立していくわけで、一般人の理解を超えたような「現代音楽」の作曲家においても(一部の例外を除いて)そのプロセスはきちんと存在している。
ところで「クラシック」という言葉は文字のまま訳すならば「古典」ということになるだろうか、そう考えると「現代音楽」の領域に入ってくると、もはやそれをクラシックと呼んでいいのかわからなくなる。しかし個人的な考えとしては、前に述べたプロセスの延長上にある以上はそれらはクラシックといっても良いと思う。
「クラシック」という言葉の本来の意味を考えると納得がいかない方もいらっしゃると思うが、もはや「クラシック」という言葉は古典という意味から切り離されたジャンルを表す固有名詞と考えた方がわかりやすい気がする。またしても乱暴な意見だが。
まぁ元々の意味で考えを巡らせると、20世紀の始めにストラヴィンスキーが「春の祭典」を生み出した辺りから、クラシックと現代音楽の間に決定的な一線が引かれたとも思えなくはないし(といってもこれは「ロシア音楽」の潮流の中での話だが)、ドビュッシーも後期の作品に入ると現代音楽といったほうがしっくり来る気がする。
しかし、上に挙げた作曲家は「クラシック」という世界の中で一般的には語られている。もしかすると「クラシック」だと思いこんで、過去の作品との断絶を隠している(或いは黙殺している)だけかもしれない。或いは、時間が経ったから「クラシック」に落ち着いただけとも言えなくはないだろう、どんな音楽もその当時を生きていた人間にとっては「現代音楽」だったのだから。
うーん、この話題についてはまだまだ勉強不足なのでポレミックな意見は差し控えさせていただく。
◆ 2005.04.20 Wed
「天才」を考える

クラシック界はいわゆる「天才」が多い業界だと思う、どの時代にも若くして「神童」と呼ばれるような優れた演奏家がいてワールドワイドな活躍を見せている。例えばヴァイオリニスト五嶋みどりは若い頃から「神童」と騒がれた人で、今は彼女の弟である五嶋龍が同じように「神童」として脚光を浴びている。そこでふと湧いて来る疑問。
「才能は遺伝するものなのだろうか?」
そのことを考えていた時にふとシリル・バートというイギリスの心理学者の話を思い出した。彼は双子の研究を行い、「知能の約75%は遺伝する」という結論を出した人物である。当時この説を疑うものはおらず、この研究結果は正当な科学的見解とみなされていた。
ところがシリル・バートの死後、調査の結果、彼のデータはそのほとんどが捏造されたものだという事が判明する。捏造した理由は簡単で、知能は遺伝するという説は当時の身分が世襲によってある程度決められる階級社会を正当化するのに好都合だったからである。詳しくは「背信の科学者たち」という本を読んでいただきたい。
最近の研究結果としては、知能や才能は遺伝ではなく、幼児期の家庭環境によって決定されるといわれている。そう考えると五嶋みどりや五嶋龍を天才たらしめた背景には、幼少期から音楽に包まれた生活をしていたという「環境的要因」が大きいように一見思えてくる。しかし、本当の意味で彼らの才能を支えていったのは類い稀な努力と、優れた指導者・親の存在だと思う。
考えてみれば、もともと「才能」があってもそれを本人の努力によって開花させなければ世界で活躍できるような演奏家には絶対なれないわけだ。特にクラシックの世界というのは本当に厳しい世界で、たとえ音楽大学を卒業しても演奏家として活躍できる人は本当に一握りなのである。そう考えると「天才」と呼ばれている演奏家は本当に凄いなと改めて思う、華やかなステージの裏には血の滲むような努力があるのだろう。
◆ 2005.04.20 Wed
ニューイヤーコンサート
ニューイヤーコンサートとはまったく関係ない時期にウィーン・フィルのニューイヤーコンサートについて語ってみる。
年明け恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートはNHKでも放送されているが、毎年つまらなくて途中で飽きてしまう。その理由は簡単で、ワルツばかりが延々と続くからだ。シュトラウスのワルツは一つ一つが独創的で面白い作品であるということを認めたうえでも、やっぱりワルツはワルツであって。「似たような曲が続いている」という印象を拭うことは出来ない。
環境音楽として聴くなら良いだろうが、純粋な「コンサート」として聴くには退屈な気がする。クラシック好きな自分でも飽きるんだから、普段クラシック聴かない人が「たまにはクラシックでも聴いてみようかなー」と思いついて観たりなんかしたら、「クラシックって退屈だなー」と思ってしまうかもしれない。
でも個人的にカルロス・クライバーが指揮したウィーン・フィルののニューイヤーの映像(DVD)だけは飽きないで観れた覚えがある、言ってることが矛盾してるが。でもそれはクライバーが好きだから、という理由がが大きい。彼がウィーンフィルを振るとまるでオケが魔法にかかったように素晴らしい音が出る、特にあの音の空気感というか広がりには背筋がゾクッとしてしまう。
やっぱりクライバーは凄い指揮者だったんだと、彼の録音を聴くたびに鮮烈に思い知らされる。クラシック界は本当に惜しい人を亡くしたものだ。
年明け恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートはNHKでも放送されているが、毎年つまらなくて途中で飽きてしまう。その理由は簡単で、ワルツばかりが延々と続くからだ。シュトラウスのワルツは一つ一つが独創的で面白い作品であるということを認めたうえでも、やっぱりワルツはワルツであって。「似たような曲が続いている」という印象を拭うことは出来ない。
環境音楽として聴くなら良いだろうが、純粋な「コンサート」として聴くには退屈な気がする。クラシック好きな自分でも飽きるんだから、普段クラシック聴かない人が「たまにはクラシックでも聴いてみようかなー」と思いついて観たりなんかしたら、「クラシックって退屈だなー」と思ってしまうかもしれない。
でも個人的にカルロス・クライバーが指揮したウィーン・フィルののニューイヤーの映像(DVD)だけは飽きないで観れた覚えがある、言ってることが矛盾してるが。でもそれはクライバーが好きだから、という理由がが大きい。彼がウィーンフィルを振るとまるでオケが魔法にかかったように素晴らしい音が出る、特にあの音の空気感というか広がりには背筋がゾクッとしてしまう。
やっぱりクライバーは凄い指揮者だったんだと、彼の録音を聴くたびに鮮烈に思い知らされる。クラシック界は本当に惜しい人を亡くしたものだ。
◆ 2005.04.18 Mon
愛と恋の違い

「愛と恋はどう違うのか?」という問いかけ(ここでは多くの場合「異性」を対象とした愛と恋)について議論したことが誰しも一度はあるのではないだろうか。僕自身はこの議論をすることにさして重要な意味があるとは思わなかったし、深く考えようと思ったことはなかった。
しかし、オーケストラのある先輩が呟いた一言をたまたま耳にしたのをきっかけに、僕はその「愛と恋はどう違うのか?」という問いかけを鮮烈に思い出すことになる。(その先輩は彼氏と付き合って約4年の歳月が経っていた)
「私〜彼氏のこと愛してるよ、でも恋してないの。恋したいな〜。」
この呟きの中にその問いかけの一つの答え(絶対的な答えはないにせよ)を読み取ることができると思う。恋にはいわゆる「鮮度」があるのかもしれない、いわゆる片思い(両思い)の時期や付き合い始めに湧き上がることの多い、ときめく感情だとか熱っぽさだとか、そういうものが恋にはあると思う。恋は刺激的なのだ。
恋というものは時間と共に愛に変わっていくのだろう、それをストレートに安定期入ったと捉えることもできるが、それは同時に倦怠期と言い換えることもできる。そのプロセスから考えれば恋は愛よりも刺激的なものなのかもしれない。人間が不倫や浮気に走ってしまうのは、この「刺激」をどこかで求めているからだろう。そう考えてくると、「人間は恋し続ける生き物である」と言うこともできると思う。
親が子供を可愛い、守りたいと思う感情は「愛(≠恋)」である。長く付き合った異性は家族のような存在へと変わっていくのだから(それが「結婚」という形で明確に現われることもある)恋が愛に変わっていくのは自然なプロセスなのかもしれない。こう考えてくるといよいよ「愛と恋の違い」が明確な形で見えてきたように思う。
ここで少し視点を変えてみよう。芸術家(この括りはあまりにも広いが…)には既婚・未婚に関わらず何人も愛人を作ったり、異性に次々と手を出してしまう人間が多い。しかしそれらを上で定義した「鮮度」、「刺激」という観点で愛と恋どちらかのカテゴリに分けるとすれば、圧倒的に「恋」に近い。
「恋し続けないと芸術はできない」というような言葉をどこかで目にしたことがあるが、芸術にそういう側面があることは確かである。つまり芸術家にとって浮気・不倫などは「芸術の肥やし」でありその行為そのものが芸術にマイナスに働くことはないのである。(ここでは倫理面は無視しておきたい)
ある友人が「恋は愛に変わるが、愛は恋には変わらない」と言っていたが、ここまでの考察を踏まえて考えるとそれにも大いに納得がいく。愛は恋には変わらないのか、嗚呼。
◆ 2005.04.13 Wed
反日デモに想う

中国の反日デモが色々なところで話題に上っているので、その流れに乗って僕もこの問題についての考察を書いていこうと思う。
このデモは日本人にとって脅威のように感じられるが、実際この動きを一番怖がって見ているのは中国政府なのではないかと思う。反日教育の本当の目的は、日本を敵視することにあるのではなく、それは思想的な統一を図るための一手段に過ぎないと思う。
中国に行ったことが一度だけあるが、町並みの風景は異様なものがあった。高度経済成長により次々と立てられる高層ビルや東京の街を彷彿させるような派手な広告、しかし路地を一本入るとスラムのような荒廃した住宅街。経済の成長に民衆が追いつけなくなっているという感じだった。
資本主義的な経済に移行するにつれて経済的な格差が現われていて、それに伴って(もちろんそれだけを理由とするのは短絡的だが)民衆には潜在的なストレスが溜まっていると思う。そしてそういうエネルギーの爆発が反日運動という形になって現われているだけではないかと個人的には考えている。
反日運動を中国政府が押さえ込もうとしない理由はそこにあるのではないのではないだろうか、反日というエネルギーの矛先が政府に向けられるのを中国政府は恐れていると思う。天安門事件という苦い経験をしているし、同じ轍を踏みたくはないのだろう。
じゃあ日本はこの動きに対してなにをすれば良いのか?正直わからん。真面目な話、「何もしなくていい」と僕は思う。
◆ 2005.04.13 Wed
謙虚な音楽家
オーケストラをやっていると誰が上手いだの下手だのと言いまくる人間に出くわすことがたまにある、そしてそう言っている本人は大抵たいして上手くなかったりすることが多い。非常に不愉快な存在だと思う。
そういう人を見る度に「周りばかり気にして練習に身が入ってないのかな?」と思ってしまう。結局、自分に自信がなかったりコンプレックスのある人間というのは、何かと上下を気にするんじゃないかと思う。
そして周りを気にする余り、自分を磨くことを忘れてしまうんじゃないだろうか。小さい人間だなと思う、そしてそういう人間の多いことに時々絶望的な気分になる。評価されたいんだったら、それだけの努力をしろと言いたい。
謙虚な音楽家が好きだ、というか音楽家に限らず人間全てにいえることかもしれない。そしてそういう人は周りに思いやりがあったり、とにかく温かい人間性を持っているから奏でる音楽も温かい。音楽の世界でも付き合う人間は選ばなきゃなと思う今日この頃。
まぁ僕は小心者なのでそれでも我慢して付き合っちゃったりするわけだが、自分の八方美人さが時々嫌になる。
そういう人を見る度に「周りばかり気にして練習に身が入ってないのかな?」と思ってしまう。結局、自分に自信がなかったりコンプレックスのある人間というのは、何かと上下を気にするんじゃないかと思う。
そして周りを気にする余り、自分を磨くことを忘れてしまうんじゃないだろうか。小さい人間だなと思う、そしてそういう人間の多いことに時々絶望的な気分になる。評価されたいんだったら、それだけの努力をしろと言いたい。
謙虚な音楽家が好きだ、というか音楽家に限らず人間全てにいえることかもしれない。そしてそういう人は周りに思いやりがあったり、とにかく温かい人間性を持っているから奏でる音楽も温かい。音楽の世界でも付き合う人間は選ばなきゃなと思う今日この頃。
まぁ僕は小心者なのでそれでも我慢して付き合っちゃったりするわけだが、自分の八方美人さが時々嫌になる。
◆ 2005.04.09 Sat
コンサートマスターという仕事

僕はある大学オケでコンサートマスターをやっていた。…なんてまるで過去の出来事のように書いてしまったが、12月には再びコンマスに復帰し2つのコンサートに出演するので、まだ退いたといえる身分ではない。
コンサートマスターという役職について簡単に説明しておこう。客席から見て指揮者のすぐ左側のヴァイオリンの1番手前で演奏しているのがコンマスである。指揮者の意図やテンポを汲み取り、オーケストラ全体の演奏をリードする立場にある。自分のヴァイオリンパートが弾ければ良いというものではない。指揮者と同じぐらい、全曲の構成を把握していなければならないので精神的、身体的にもきつい役割である。
現在所属している大学オケでは今までに3回の演奏会をコンマスとして経験した、辛いことも楽しいことも沢山あって「演奏者」としてよりも「人間」として本当に沢山のことを学ばせてもらった。サントリーホールや東京芸術劇場といった素晴らしいホールで演奏する機会に恵まれて、本当に幸せだったと思う。
ちなみに上の写真はコンマスデビューの演奏会の一枚。いきなり大きいソロがあって、一人だけ立って弾くという恐ろしい経験をした。僕は緊張する時はもの凄く緊張する人間なので、今考えるとよく普通に弾き切ったなと思う。正直、もう二度とあんな協奏曲のソロのような役回りはやりたくない(笑)。
コンマス時代は自分の練習をする暇があまり取れなかった、しかし演奏面では常に周りをリードしなければならなかったので相当なプレッシャーを感じていた。今考えると、常に自分のキャパシティーぎりぎりのところで頑張っていたと思う。その頃に比べると今はいわゆるヒラ奏者なので、純粋に「音楽」を楽しめている感じがする。
コンマスとして一区切り付いた時は「達成感」よりも「開放感」が大きくて、「やっと終わった…」というのが率直な気持ちだった。これからまた昔のように忙しくも充実した日々を送るか、今の平穏な純粋に音楽を楽しむ日々を送るか…悩ましい選択だ。
今はとりあえず「平穏」の中で音楽を楽しんで行きたいと思う。
◆ 2005.04.08 Fri
イギリス音楽について

クラシックのジャンルの中でも「イギリス音楽」というのは、どこかマニアックな存在でエドワード・エルガーやグスタフ・ホルストくらいしか一般には知られていない。その中で僕が一番好きな作曲家はジェラルド・フィンジ(Gerald Finzi 1901-1956)である。
クラシック音楽をそれなりに聴いている人でも知らない方が多いのではないだろうか、彼は残念なことにクラシック界ではマイナーな部類に属する作曲家である。20世紀は前衛的な新しい音楽が評価される時代だったので、同時代にイギリスで活動していた作曲家の多くは「時代遅れ」の烙印を押されていて、その歴史的価値には疑問が持たれている。
英国音楽の歴史を遡ると、ロマン派隆盛の時代の作曲家がすっぽぬけていて、ロマン的な音楽が台頭した時期自体が遅かったことがわかる。「遅れてきたロマン派」などといわれ、それらの音楽が軽視されてしまった理由はここにある。実際、ロマン派を経験していないイギリス音楽の手法はやや保守的で、当時のヨーロッパが前衛的な音楽に向きあっていた時代も、イギリスでは民謡の引用など古典的な音作りをしていたというのが事実である。
こうやって見てくると、いわゆる「島国」という環境の中で独特の音楽文化が育まれていったことがわかる。また、イギリス音楽には英国紳士の文化に裏打ちされたような高貴な精神があり(エルガーは特に顕著)、この「紳士文化」も保守的な姿勢を作り出した要因の一つといっていいだろう。つまるところ、僕はイギリス音楽は「二番煎じ」では無く固有の存在と捉えていて、そこに歴史的価値が全く無いとは思っていない。
なんだかイギリス音楽擁護の文章になってきたので、ここからはフィンジについて語っていこう。
フィンジは1901年にロンドンにイタリア系ユダヤ人の5人兄弟の末っ子として生まれる。8歳で父を亡くす。大戦中には、3人の兄が次々に他界してしまい孤独な少年時代を送った。作曲家を志したのは9歳の時で、13歳から作曲家兼オルガニストのアーネスト・ファーラーに師事した。ところが、師ファーラーが第1次大戦で戦死してしまう。
このように彼の幼少期には常に「死」が付きまとい、彼の人生に大きな影を落とすことになる。9歳という年齢で作曲家になろうと決心した背景には、その深い悲しみを音楽という形でしか表現できなかった子供の不器用さが滲み出ているように思われる。彼の作風は叙情的な雰囲気があり、シンプルで牧歌的な旋律が特徴的だが。どこか悲しげな雰囲気が漂っている。
彼はその後ロンドンで作曲を教えていたが、結婚したのをきっかけに32歳という若さで隠遁生活に入る。大自然に囲まれた環境の中で若くして親しんだワーズワースをはじめ英文学書の収集、リンゴ栽培、そして作曲という生活を送るようになる。穏やかな生活の中で生まれた晩年の作品は本当に叙情的で美しい、しかし前に述べたようにそこにもなにか「悲しさ」のようなものが漂っていて特別な魅力がある。
彼の音楽の入門編としてオススメしたいCDがある。
【収録曲】
1.クラリネット協奏曲 ハ短調 Op.31
2.5つのバガテル Op.23a (ローレンス・アシュモアによるクラリネットと弦楽のための編曲)
3.「恋の骨折り損」よりの3つのモノローグ Op.28
4.セヴァーン狂詩曲 Op.3
5.弦楽オーケストラのためのロマンス 変ホ長調 Op.11
6.ヴァイオリン・ソロと小管弦楽のための入祭唱 ヘ長調 Op.6
なんといってもまず聴いて欲しいのは彼の代表作「クラリネット協奏曲 ハ短調 Op.31」だ、僕がフィンジを聴くようになったきっかけの曲でもある。個人的には「弦楽オーケストラのためのロマンス 変ホ長調 Op.11」、それから元々はヴァイオリン協奏曲の2楽章として書かれた「ヴァイオリン・ソロと小管弦楽のための入祭唱 ヘ長調 Op.6」も大好きな曲である。
ここに紹介したNAXOS盤は廉価盤でありながら演奏の質が高く、比較的手に入りやすい。まさにオイシイ所取りの一枚といった感じである、気になった方はぜひ一度聴いていただきたい。尚、Amazonのリンク先で全曲試聴できるのでお試しあれ。
◆ 2005.04.05 Tue
素敵な大人
赤ちゃんを抱くお洒落なお母さんって素敵だ。
まずはそのプロポーション、出産を潜り抜けたとは思えない美しさである。出産後、自然に体型が戻るという幸運な女性も確かに多いのだが、以前のままのプロポーションを取り戻すのはやはり大変らしい、そんな中であれだけの美しい体型をした女性を見ると男である自分も憧憬の眼差しを送らずにはいられない。
そしてなにより素晴らしいのはそのファッションだ、子供を持った女性は、異性に対しての「女」という顔と一緒に「母」という一面を併せ持つようになる。それだけに、変に頑張って若造りに走ったりすると、みすぼらしいヤンママみたいになってしまいがちだし。逆にまったく色気がないと生活感がもろに出てしまい、子育ての苦労が全体に滲み出てしまったりもする。
とにかく二つの顔を持つ女性にとってこのチョイスのバランスというか組み合わせを作るのは非常に難しい。「女」としても「母」としても美しい女性は本当に少ない。それだけに街中で絶妙な着こなしをしているお母さんに遭遇すると「これは見習わなきゃ!」と思ってしまう。もちろん僕は男なので見習いようがないのだが。うへ。
いや、ならば視点を男性に変えてみれば良いだろう。女性でいう「出産太り」は男性の「中年太り」にあたる。ただし、男の場合はいくら太ってないとはいっても、ヒョロヒョロでは頼りなさそうだし貧相な感じがする。これは個人的な考え方なのだが男はプロポーションよりその体型をどう演出するかが重要なのではないかと思う。
LEONというお洒落オヤジご用達のファッション誌がある、この雑誌にはそのヒントがつまっているような気がする。基本的には「イタリアのお洒落オヤジ万歳」的な雑誌だ、もちろんイタリアのオヤジが全て格好良いわけではないが、(LEONにはさもそうであるかのように書いてあって、何だか「外人万歳!」みたいな雰囲気が漂っている。安直だと思う。)確かに日本よりお洒落なオヤジは多いのではないかと思う。
日本はドブネズミみたいな色のスーツに真っ白なシャツ、遊びも捻りもないネクタイがスタンダードな国だから、無理もないのかもしれない。文化そのものがダサいのだ。なんと日本のスーツ着こなし文化の退屈で華のないことか!もっと言うと街中のホストの着こなしもダサい人が多くて、あれで女性を楽しませる職業をやっているのかと思うと、鼻で笑ってしまう。って愚痴るのはここら辺にしておこう。
でもその中でもきちんと素敵に着こなしている人はいる。基本的には日本の退屈なスーツの着こなしを踏襲しつつ、そこにこっそり遊びを加えるという方法。そういう男性に遭遇すると「これは見習わなきゃ!」と思ってしまう。これは見習いようが将来的にはあるだろう、僕は男だ!何故かスーツに限定した話になってしまったが普段着の着こなしも、先に述べた女性と同じような難しさがある。
僕は時々こういうお洒落オヤジのための雑誌を眺めてはいかに格好良い歳の取り方というものすれば良いかを考えている。格好良く歳をとりたいもんだ、そうすれば「老い」というものを楽しめる気がする。年齢を楽しむ。世のオヤジ達にも「素敵な文化」をクリエイトして欲しい、そうなったら社会が今よりも明るくなるかも。いやホントに。
まずはそのプロポーション、出産を潜り抜けたとは思えない美しさである。出産後、自然に体型が戻るという幸運な女性も確かに多いのだが、以前のままのプロポーションを取り戻すのはやはり大変らしい、そんな中であれだけの美しい体型をした女性を見ると男である自分も憧憬の眼差しを送らずにはいられない。
そしてなにより素晴らしいのはそのファッションだ、子供を持った女性は、異性に対しての「女」という顔と一緒に「母」という一面を併せ持つようになる。それだけに、変に頑張って若造りに走ったりすると、みすぼらしいヤンママみたいになってしまいがちだし。逆にまったく色気がないと生活感がもろに出てしまい、子育ての苦労が全体に滲み出てしまったりもする。
とにかく二つの顔を持つ女性にとってこのチョイスのバランスというか組み合わせを作るのは非常に難しい。「女」としても「母」としても美しい女性は本当に少ない。それだけに街中で絶妙な着こなしをしているお母さんに遭遇すると「これは見習わなきゃ!」と思ってしまう。もちろん僕は男なので見習いようがないのだが。うへ。
いや、ならば視点を男性に変えてみれば良いだろう。女性でいう「出産太り」は男性の「中年太り」にあたる。ただし、男の場合はいくら太ってないとはいっても、ヒョロヒョロでは頼りなさそうだし貧相な感じがする。これは個人的な考え方なのだが男はプロポーションよりその体型をどう演出するかが重要なのではないかと思う。
LEONというお洒落オヤジご用達のファッション誌がある、この雑誌にはそのヒントがつまっているような気がする。基本的には「イタリアのお洒落オヤジ万歳」的な雑誌だ、もちろんイタリアのオヤジが全て格好良いわけではないが、(LEONにはさもそうであるかのように書いてあって、何だか「外人万歳!」みたいな雰囲気が漂っている。安直だと思う。)確かに日本よりお洒落なオヤジは多いのではないかと思う。
日本はドブネズミみたいな色のスーツに真っ白なシャツ、遊びも捻りもないネクタイがスタンダードな国だから、無理もないのかもしれない。文化そのものがダサいのだ。なんと日本のスーツ着こなし文化の退屈で華のないことか!もっと言うと街中のホストの着こなしもダサい人が多くて、あれで女性を楽しませる職業をやっているのかと思うと、鼻で笑ってしまう。って愚痴るのはここら辺にしておこう。
でもその中でもきちんと素敵に着こなしている人はいる。基本的には日本の退屈なスーツの着こなしを踏襲しつつ、そこにこっそり遊びを加えるという方法。そういう男性に遭遇すると「これは見習わなきゃ!」と思ってしまう。これは見習いようが将来的にはあるだろう、僕は男だ!何故かスーツに限定した話になってしまったが普段着の着こなしも、先に述べた女性と同じような難しさがある。
僕は時々こういうお洒落オヤジのための雑誌を眺めてはいかに格好良い歳の取り方というものすれば良いかを考えている。格好良く歳をとりたいもんだ、そうすれば「老い」というものを楽しめる気がする。年齢を楽しむ。世のオヤジ達にも「素敵な文化」をクリエイトして欲しい、そうなったら社会が今よりも明るくなるかも。いやホントに。
◆ 2005.04.04 Mon
bonjour recordsのすすめ
世にCDが売っている店は数えきれない程あるし、どこの店も似たような品揃えという感じが退屈に感じられてしまうことがある。そんな僕にとって面白い存在が音楽の「セレクトショップ」である。
その中でもbonjour recordsは際立った存在だ、流行に捉われず良質な音楽、アーティストだけをセレクトしていく姿勢は商業主義とは明らかに一線を画していて「硬派」な印象さえ受けるのだ。
ある人間にいわせれば「偏ってる」の一言で片付けられてしまうのだろうが、実際その選りすぐられたセレクションはクオリティが高く、僕はこのセレクトに信頼を置いている。店員も知識が豊富で話していて楽しいし、彼等の薦めるCDは殆ど外れ無しなのだ。
店舗は代官山、新宿、外苑前の三店舗ある。僕が代官山と新宿店(伊勢丹の地下一階)によく行っている。外苑前はSIGNというカフェ内にショップ・イン・ショップ形式で併設された店で、ボンジュール・セレクトをさらにセレクトしているので種類は少ないが試聴がバッチリできる。ゆっくり選ぶのには良い場所かも知れない。
音楽に渇いたら一度訪れてみてください。
その中でもbonjour recordsは際立った存在だ、流行に捉われず良質な音楽、アーティストだけをセレクトしていく姿勢は商業主義とは明らかに一線を画していて「硬派」な印象さえ受けるのだ。
ある人間にいわせれば「偏ってる」の一言で片付けられてしまうのだろうが、実際その選りすぐられたセレクションはクオリティが高く、僕はこのセレクトに信頼を置いている。店員も知識が豊富で話していて楽しいし、彼等の薦めるCDは殆ど外れ無しなのだ。
店舗は代官山、新宿、外苑前の三店舗ある。僕が代官山と新宿店(伊勢丹の地下一階)によく行っている。外苑前はSIGNというカフェ内にショップ・イン・ショップ形式で併設された店で、ボンジュール・セレクトをさらにセレクトしているので種類は少ないが試聴がバッチリできる。ゆっくり選ぶのには良い場所かも知れない。
音楽に渇いたら一度訪れてみてください。
◆ 2005.04.02 Sat
東京の空
最近よく夜に一人で家の周りを散歩する。
住宅街とは思えないくらい外は静寂に包まれていてなんだか不思議な感じ、僕が「猫通り」と呼んでいる道を歩いていると野良猫たちがジッと見つめてくる。始めの頃は警戒されていたが、ちょっとした餌をあげるようになってからその中の何匹かがなつくようになってきた、結局は餌目当てなんだろうけど嬉しい。
東京の空は曇っていることが多いが、晴れた日には星がけっこう見える。もちろん田舎のように微かな光を放つ星までは見えないのだけれど、これはこれでなかなか綺麗だと思う。
加えて最近は月が満ちていてこれがまた美しい、上京したばかりの頃は東京の空なんて汚いと決めつけてちゃんと見ようともしなかったが、最近は「東京の空も良いじゃないか…」と素直に思えるようになった。時の流れを感じずにはいられない。
たまには東京の空も見てやってくださいな。
住宅街とは思えないくらい外は静寂に包まれていてなんだか不思議な感じ、僕が「猫通り」と呼んでいる道を歩いていると野良猫たちがジッと見つめてくる。始めの頃は警戒されていたが、ちょっとした餌をあげるようになってからその中の何匹かがなつくようになってきた、結局は餌目当てなんだろうけど嬉しい。
東京の空は曇っていることが多いが、晴れた日には星がけっこう見える。もちろん田舎のように微かな光を放つ星までは見えないのだけれど、これはこれでなかなか綺麗だと思う。
加えて最近は月が満ちていてこれがまた美しい、上京したばかりの頃は東京の空なんて汚いと決めつけてちゃんと見ようともしなかったが、最近は「東京の空も良いじゃないか…」と素直に思えるようになった。時の流れを感じずにはいられない。
たまには東京の空も見てやってくださいな。
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