◆ 2005.05.18 Wed
恋愛とキノコと私
数日前、付き合っていた彼女と別れることになった。
いや「別れた」というよりは、「友人」という関係に戻った、といった方が正しいかもしれない。別に喧嘩したわけでもなく、お互いを憎みあうような別れ方ではなかったので気まずさも、後悔も殆ど無いのだが。それをきっかけに改めて「自分」というもの、「恋愛」というものについて考えを巡らすこととなった。
僕のしていた恋愛は、世間で言う「遠距離恋愛」というやつだった。僕もお金にはそれほど困らない環境にいたので、かなりの頻度で会いに行っていたのが。お互いに忙しくなり会わないまま実に三ヶ月が経っていた、その間にお互いの認識に大きなズレが生じてしまった。色々と話し合った結果、元の関係に戻ることになった。「見解の相違」を訂正するよりも、それを終わらせてしまう方がお互いのためになると僕自身直感的に感じていたので、それはもうすんなりとした別れ方だった。
何故、自分が遠距離恋愛を選んだのかを、今冷静に振り返ってみると、「自分が動きやすいから」という理由もあったような気がする。四六時中一緒に居たがるような女性と付き合ったために、自分の時間がなくなり、自分のやりたいことも出来なくなるという経験を僕は過去に何度か経験している。僕は音楽を軸に色々な企画・活動に顔を突っ込んでいくタイプで、人付き合いもそれなりに広いので(少なくとも同年代の人間よりは)何かと予定が詰まることが多い。そんな自分にとって、遠距離恋愛という形が自然に生み出す自分の時間、そして「距離」は実に心地良かったのだ。
当時の僕は実際の距離は離れていても、心の距離が近ければそれほど大きな問題にはならないと考えていた。確かに実際的な距離と精神的な距離というものはイコールにはならない、しかし、距離が離れるということはシンプルに「接触が減る」ということなのだ。交感の最も根源的な形とは相手と同じ空間で、同じ時間を共有するということである、しかし遠距離の関係においてはその最もシンプルな交感が欠乏しやすいのだ。
接触の欠乏は、お互いに見解の相違を与えるようになる。「通じ合えている」と一方が思っていても相手はそう思っていない、見解の相違がそこに生じる。交感の失われた関係が続くと、糸瓜のようにその中身がスカスカになってくる。気が付いたときには「付き合っている」という枠組みだけがゴミのように転がっている。形骸化。終焉。
昔は何もかもが「シンプル」だった。手を繋いでデートをする、つまらない話をする、ぎこちないセックスをする。それが「恋愛」だった。年齢と共に恋愛はどんどん複雑になっていく、いや、人間そのものが複雑になっていくのだ。肉体と精神がジワジワと剥離していく感覚、その両方を同時に理解し、満たすことの難しさ。リアリスティックにいえば、「一人」の人間がそれを果たすのは不可能(或いは非常に困難)といって良いのかもしれない。
精神を肉体の両方を満たしあう一対一の関係というのは稀有だ、それを複数の異性と付き合うことで補完しようとするのは、見方によってはごく自然なことのように思われる。世間体でいうとそれは「不倫」、「二股」というものに当たり不適切(このぼやかしたような言葉が僕は嫌いだ)なものとして捉えられるのが普通なのだが。少なくとも「現代」では。こういうことを日本で言うのはなんだか不埒なのだが、「一夫多妻」のような形態はある意味では理想的だと思う。
しかし、僕は独占欲はなかなか強い人間らしいので、頭の中でその補完性を理解しつつも、付き合っている相手にそういうことをされたら激しい嫉妬と嫌悪感を覚えるだろう。結局この思考というのは「自分本位」で「矛盾」が多いようだ。
いずれにしても相手にとって補完的な存在になるのは難しい、お互いに空白になっている(不十分な)所を補い合うことが重要だというのはわかるが。それが必死な「穴埋めゲーム」のようになってしまうと、それはそれで違和感を覚えてしまう。そう考えると、もしかすると相手(大きく言えば恋愛)に補完性を求めること自体がそもそもの間違いなのかもしれない。
自分一人でも地に足をつけて、バランス感覚を上手く維持しながら生きていけるような人間になれれば、それが一番なのだろう。周りの人間はその「肉付け」程度(つまり依存度が著しく高くない)にできたら理想だなと思う。「白馬の王子様」(僕の場合は「王女様」)が世界のどこかにいるかもしれないというような幻想は捨てて、そういう落ち着いた恋愛が出来たら良いなと思う。
その主語は「自分」だ。何故なら僕は相手からの依存されることはあまり気にならないし、むしろ他人から甘えられたり、支えを求め寄りかかられることは(それが変態的、束縛的なレヴェルでなければ)心地よいと感じるからだ。いや、本音をいえば、自分が甘える、寄りかかるのもなかなか心地良い。しかし、そういうことをしないバランスが崩れてしまうような人間ではありたくないなと思う。「肉付け」程度というやつだ、もっと噛み砕くと「無くても良いけど、あっても良いな」という程度だ。
そういう関係って実際成立したら、やっぱり冷めているものなのだろうか。それは食べてみないと解らない、「キノコ採り」みたいなものだ。誰も食べたことの無いキノコを食べた人間の恐怖を時々考える、キノコのガイドブックを眺めていて「これを食べると死にます」的な記述をみる度に考える、そのキノコを初めて食べた「誰か」が死んでしまったからこそ、そういう普遍的な事実が生まれたのだ。
でも食べてみることは大事だ、僕も無い勇気を振り絞って、「新しいキノコ」を食べに山に行こうと思う。さぁ荷造りをするか。
いや「別れた」というよりは、「友人」という関係に戻った、といった方が正しいかもしれない。別に喧嘩したわけでもなく、お互いを憎みあうような別れ方ではなかったので気まずさも、後悔も殆ど無いのだが。それをきっかけに改めて「自分」というもの、「恋愛」というものについて考えを巡らすこととなった。
僕のしていた恋愛は、世間で言う「遠距離恋愛」というやつだった。僕もお金にはそれほど困らない環境にいたので、かなりの頻度で会いに行っていたのが。お互いに忙しくなり会わないまま実に三ヶ月が経っていた、その間にお互いの認識に大きなズレが生じてしまった。色々と話し合った結果、元の関係に戻ることになった。「見解の相違」を訂正するよりも、それを終わらせてしまう方がお互いのためになると僕自身直感的に感じていたので、それはもうすんなりとした別れ方だった。
何故、自分が遠距離恋愛を選んだのかを、今冷静に振り返ってみると、「自分が動きやすいから」という理由もあったような気がする。四六時中一緒に居たがるような女性と付き合ったために、自分の時間がなくなり、自分のやりたいことも出来なくなるという経験を僕は過去に何度か経験している。僕は音楽を軸に色々な企画・活動に顔を突っ込んでいくタイプで、人付き合いもそれなりに広いので(少なくとも同年代の人間よりは)何かと予定が詰まることが多い。そんな自分にとって、遠距離恋愛という形が自然に生み出す自分の時間、そして「距離」は実に心地良かったのだ。
当時の僕は実際の距離は離れていても、心の距離が近ければそれほど大きな問題にはならないと考えていた。確かに実際的な距離と精神的な距離というものはイコールにはならない、しかし、距離が離れるということはシンプルに「接触が減る」ということなのだ。交感の最も根源的な形とは相手と同じ空間で、同じ時間を共有するということである、しかし遠距離の関係においてはその最もシンプルな交感が欠乏しやすいのだ。
接触の欠乏は、お互いに見解の相違を与えるようになる。「通じ合えている」と一方が思っていても相手はそう思っていない、見解の相違がそこに生じる。交感の失われた関係が続くと、糸瓜のようにその中身がスカスカになってくる。気が付いたときには「付き合っている」という枠組みだけがゴミのように転がっている。形骸化。終焉。
昔は何もかもが「シンプル」だった。手を繋いでデートをする、つまらない話をする、ぎこちないセックスをする。それが「恋愛」だった。年齢と共に恋愛はどんどん複雑になっていく、いや、人間そのものが複雑になっていくのだ。肉体と精神がジワジワと剥離していく感覚、その両方を同時に理解し、満たすことの難しさ。リアリスティックにいえば、「一人」の人間がそれを果たすのは不可能(或いは非常に困難)といって良いのかもしれない。
精神を肉体の両方を満たしあう一対一の関係というのは稀有だ、それを複数の異性と付き合うことで補完しようとするのは、見方によってはごく自然なことのように思われる。世間体でいうとそれは「不倫」、「二股」というものに当たり不適切(このぼやかしたような言葉が僕は嫌いだ)なものとして捉えられるのが普通なのだが。少なくとも「現代」では。こういうことを日本で言うのはなんだか不埒なのだが、「一夫多妻」のような形態はある意味では理想的だと思う。
しかし、僕は独占欲はなかなか強い人間らしいので、頭の中でその補完性を理解しつつも、付き合っている相手にそういうことをされたら激しい嫉妬と嫌悪感を覚えるだろう。結局この思考というのは「自分本位」で「矛盾」が多いようだ。
いずれにしても相手にとって補完的な存在になるのは難しい、お互いに空白になっている(不十分な)所を補い合うことが重要だというのはわかるが。それが必死な「穴埋めゲーム」のようになってしまうと、それはそれで違和感を覚えてしまう。そう考えると、もしかすると相手(大きく言えば恋愛)に補完性を求めること自体がそもそもの間違いなのかもしれない。
自分一人でも地に足をつけて、バランス感覚を上手く維持しながら生きていけるような人間になれれば、それが一番なのだろう。周りの人間はその「肉付け」程度(つまり依存度が著しく高くない)にできたら理想だなと思う。「白馬の王子様」(僕の場合は「王女様」)が世界のどこかにいるかもしれないというような幻想は捨てて、そういう落ち着いた恋愛が出来たら良いなと思う。
その主語は「自分」だ。何故なら僕は相手からの依存されることはあまり気にならないし、むしろ他人から甘えられたり、支えを求め寄りかかられることは(それが変態的、束縛的なレヴェルでなければ)心地よいと感じるからだ。いや、本音をいえば、自分が甘える、寄りかかるのもなかなか心地良い。しかし、そういうことをしないバランスが崩れてしまうような人間ではありたくないなと思う。「肉付け」程度というやつだ、もっと噛み砕くと「無くても良いけど、あっても良いな」という程度だ。
そういう関係って実際成立したら、やっぱり冷めているものなのだろうか。それは食べてみないと解らない、「キノコ採り」みたいなものだ。誰も食べたことの無いキノコを食べた人間の恐怖を時々考える、キノコのガイドブックを眺めていて「これを食べると死にます」的な記述をみる度に考える、そのキノコを初めて食べた「誰か」が死んでしまったからこそ、そういう普遍的な事実が生まれたのだ。
でも食べてみることは大事だ、僕も無い勇気を振り絞って、「新しいキノコ」を食べに山に行こうと思う。さぁ荷造りをするか。
◆ 2005.05.03 Tue
カルロス・クライバーについて

今回は僕の大好きな指揮者、カルロス・クライバーについて語っていきたい。
とはいっても熱狂的なファンも多く、今さら語るまでもない有名な指揮者だが、「クライバーって誰ですか…?」という人のためにまずは彼の生い立ちを簡単に振り返ろうと思う。
奇才といわれる彼は、その経歴も面白い。彼は有名な指揮者エーリッヒ・クライバーの息子として1930年に生まれる。父エーリッヒは息子が音楽家になることに強く反対していたらしく、カルロスは特別な音楽教育を受けることなく音大にも進まずに1952年チューリヒ連邦工科大学に入学する。
しかし20歳の時から音楽の勉強を独学で始めていて、1953年にミュンヘンのゲルトナープラッツ劇場の見習い指揮者となる。1954年には早くもポツダムでオペレッタを指揮し指揮者としてデビューしたというのだから驚く。
彼の音楽は常に「歌」を感じさせる、オペラ出身の指揮者だからという理由はなんとも安直だが。そのまるで踊るようなタクトさばきから生まれる音には、独特の「空気感」がある。音がフワっと湧き出して広がっていくような空気のあるサウンドは彼ならではのものだ。
それから彼の演奏の一つの特徴として、全体に一般的な曲のテンポよりも速めであるということがよく言われる。しかしそこには不思議とせわしい感じはなくて、それが音楽が躍動させ独特の空気感、切れ味を生み出している。
ここまで語ってきたように彼の音楽は非常に個性的なので、人によっては「クセがあるからちょっと…」と敬遠されてしまうこともあるようだ。ここでいう「クセ」というのは、言い換えてしまえば「個性」である。
個人的な意見を言わせてもらえば、同じ作品が解釈によって広がりを持っていくクラシック音楽の性質を考えても、「個性の無い演奏なんてつまらないじゃないか!」というのが本音である(笑)。
ところでカルロス・クライバーが、録音を殆ど残さなかった理由とはなんだろうか。彼は彼自自身が名演だと自負するバイエルン国立管弦楽団との共演によるべートーヴェンの交響曲第4番。
べートーヴェン/交響曲第4番 変ロ長調 op.60
カルロス・クライバー指揮、バイエルン国立管弦楽団
彼はこの録音について次のように語っている
レコーディングにOKを出すことは常にある種の恐怖を伴うことでした。しかし、バイエルン国立管弦楽団との今度の演奏は、大いなる喜びを持って私がレコーディングを承認することを可能にしてくれました。我々は、耳に訴えるこの“スナップ・ショット”に対し、いかなる化粧も施したくありませんし、どんな小さな修正も加えたくなかったのです。実際、どのような批判に対しても、私たちは反論する根拠を持っています。
彼の言う「恐怖」という言葉がその一つの答えだと思う。良くも悪くも彼は本当の意味で「完全主義者」なのかもしれない。不完全な演奏は残したくない、かといって編集もしたくない。完全主義者故に半永久的に残る録音に、「恐怖」を抱くのはよくわかる。
とはいっても「完璧(完全)」という概念自体が音楽に存在しているのかどうかについては甚だ疑問である、いわゆる「ミスの無い」が完璧とは言い難い。「感動する演奏」と「ミスの無い演奏」とがイコールでは結ばれないことを考えてもそれは明白である。
音楽は「時間的芸術」であり、「普遍的な感動」などというものはありえない。そもそも感動の理由を説明しようとすること自体、野暮な行為なのかもしれない、ただクラシックに関してはマイクを通した音よりも自分の耳で聴いた「生の音」の方が良いというのは確かだと思う。その点も彼がレコーディングを嫌った一つの理由なのかもしれない。
加えてクライバーはレパートリーをかなり絞っていたし、特定の歌劇場やオーケストラの音楽監督・常任指揮者にも就任していなかったので、演奏会自体が非常に少なかったということも録音の少なかった要因として挙げられるだろう。
しかしながら、数少ない録音を通して聴いても、クライバーの音楽は僕を感動させる。マイクを通さない「生の音」がどれほど素晴らしかったのかを想像すると、本当に胸がワクワクしてしまう。しかし彼のタクトから生まれる「生の音」を自分の耳で聴くことはできないまま、彼は2004年にこの世を去ってしまった。
クライバーはとうとうステージには帰ってこなかった、残念である。僕のような若い世代の人間は録音を通じて、過去の偉業をただただ追い続けるばかりである。そう考えると「今」素晴らしいもの、すなわち「生の音楽」を聴かなければ…と思う。
◆ 2005.05.01 Sun
海を越える芸術
4月26日に書いた、「メソッド」を考える。という記事に関して、次のようなコメントをいただいた。
結局、歴史とか伝統とかの連続性というものは概して「後付け」の認識なんだと思う。その伝承のプロセスはもっと複雑で「伝言ゲーム」のようなものではないから。芸術における「個性」というものを突き詰めると「才能」の問題になってくるというのは分かる。あえて言及は避けたが…(なんだか夢の無い話なので)。ただ努力と思考によって「個性」を確立してきた芸術家も、少なからずいるということも一応付け加えておきたい。
日本の音楽家が海外に活動拠点を移してしまう要因を僕なりに考えると、一つには日本の「国民性」にあると思う。島国という環境も手伝ってか、日本人のイメージするいわゆる「海外」という漠然とした概念の中には憧憬だとか、洗練された印象が含まれている。なんとなく「海外で活動してる方がカッコイイ」っていう意識を持っている人間は多いし、自分の国と距離感を置くことで国内のアーティストとは一線を画していたいと思ってる人も、口には出さなくても沢山いるのではないかと思う。
日本のポップミュージックシーンの歴史というのは、海外から輸入されてきた新しい音楽に感化されながら発達してきたという側面もある。確かに音楽を一番消費している国は日本が、そこに自分の音楽性の「ルーツ」を感じたり、そこを音楽の「本場」と捉えているアーティストは少ないのかもしれない。マイナー・リーグという言葉は言いえて妙だ。
「文化として根付いていない」というより、そこに文化の源泉が無いという認識を持っている人が多いためではないだろうか。まぁ、裏を返せばそれは海外では「月並みな音楽を作るアジア人」程度にしかなれてないということだが。
「日本人の芸術」には世界に通用するだけの「個性」が内在してると思う、日本の浮世絵がゴッホやモネ、マネ、ロートレックらに大きな影響を与えて、印象派の画家達のイマジネーションの原動力になったのはその良い例だ。そういうものに比べると日本は、音楽に関してはまだまだという感じがする。世界的な認知度も低い。当の日本人がその個性をよく知らないし、当然その生かし方も分からないというのが現状だろう。
加えて、海外礼賛的な価値感の浸透によって芸術的なナショナリズムが端っこに追い詰められたという要因もあるだろう、この話をすると政治・教育の話になって面倒なので今回はここまでとしたい。
伝統であれ、歴史であれ、一見、連続性を持ったもの(一本の糸のような)に見えるけれども、実際は伝承される際に必ずそれらを徹底的に作り変えなければいけないため、全く同じ「伝統」「歴史」というものは生じ得ないわけで、実際には不連続なもののように思います。taxi先輩の話にあった「メソッド」にも同じようなことが言えるのでは、と。
>ただそういう「メソッド」は芸術における個性を育む役割までは負っていない、同じ「機械」を大量生産するような危険な一面がメソッドには存在している
「個性」が発生する要因は、「メソッド」側にあるのではなく、「個人」側にあるのでしょうね。つまらない結論ですけれど、それは本質主義的な「才能」の問題になってくるのではないでしょうか。
話は変わりますが、日本の才能ある(個性ある)音楽家は何故皆海外へ活動の拠点を移してしまうのでしょうかね。日本人のアーティストが「来日公演する」ということがなんだか不思議です。世界で一番音楽を消費している国が日本であるのにも関わらず、音楽の舞台においては未だマイナー・リーグみたいな位置なんでしょうか(未だに文化として根付いていないのかな…)。
結局、歴史とか伝統とかの連続性というものは概して「後付け」の認識なんだと思う。その伝承のプロセスはもっと複雑で「伝言ゲーム」のようなものではないから。芸術における「個性」というものを突き詰めると「才能」の問題になってくるというのは分かる。あえて言及は避けたが…(なんだか夢の無い話なので)。ただ努力と思考によって「個性」を確立してきた芸術家も、少なからずいるということも一応付け加えておきたい。
日本の音楽家が海外に活動拠点を移してしまう要因を僕なりに考えると、一つには日本の「国民性」にあると思う。島国という環境も手伝ってか、日本人のイメージするいわゆる「海外」という漠然とした概念の中には憧憬だとか、洗練された印象が含まれている。なんとなく「海外で活動してる方がカッコイイ」っていう意識を持っている人間は多いし、自分の国と距離感を置くことで国内のアーティストとは一線を画していたいと思ってる人も、口には出さなくても沢山いるのではないかと思う。
日本のポップミュージックシーンの歴史というのは、海外から輸入されてきた新しい音楽に感化されながら発達してきたという側面もある。確かに音楽を一番消費している国は日本が、そこに自分の音楽性の「ルーツ」を感じたり、そこを音楽の「本場」と捉えているアーティストは少ないのかもしれない。マイナー・リーグという言葉は言いえて妙だ。
「文化として根付いていない」というより、そこに文化の源泉が無いという認識を持っている人が多いためではないだろうか。まぁ、裏を返せばそれは海外では「月並みな音楽を作るアジア人」程度にしかなれてないということだが。
「日本人の芸術」には世界に通用するだけの「個性」が内在してると思う、日本の浮世絵がゴッホやモネ、マネ、ロートレックらに大きな影響を与えて、印象派の画家達のイマジネーションの原動力になったのはその良い例だ。そういうものに比べると日本は、音楽に関してはまだまだという感じがする。世界的な認知度も低い。当の日本人がその個性をよく知らないし、当然その生かし方も分からないというのが現状だろう。
加えて、海外礼賛的な価値感の浸透によって芸術的なナショナリズムが端っこに追い詰められたという要因もあるだろう、この話をすると政治・教育の話になって面倒なので今回はここまでとしたい。
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