◆ 2005.07.22 Fri

ネットの中の「わたし」

最近暇を見つけては小説と思しきものを書いている。

物語は「別れ」から始まる、ちょっと暗い話である。お世話になった人、愛する人に別れを告げていく、その告別の営みによって主人公が今まで何をしてきて、どんな人間だったのかを他人を通して描写していく。そして別れを告げ、空港に着いた所で話は終わる。そんな、もの凄く中途半端で、肩透かしな感じだけど、「余韻」と「予感」がいつまでも残るような文章を実験的に書いてみたくなったというわけだ。上手くいくかなー。

一年中文章を書いていると、アウトプットがスムーズになってくるなーと最近思う。まずレポートを仕上げるのが職人的に速くなる。普通の人は3000字とか5000字のレポートなんてやると、「なかなか終わらないー!!」と苦しむ人が多いと思う。僕も昔はやはりそうだった。でも最近は、自分でも驚いてしまうくらいのスピードで仕上げられるようになった。毎日書くのって大事だな。

最近はブログや、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの普及によって普通の人が文章を不特定多数に発信するという行為が身近なものになったなーと感じる。昔はそんなことができるのは、作家や記者といったほんの一握りの人間だったのだから、そう考えると、これはとてつもなく大きな変化であるような気がしてくる。

僕もこのサイト以外に、ブログやら何やらに手を出して、文章を発信できるスペースを4つぐらい運営している。そういう文章を書く場所をいくつも持っている人は、僕の周りにも多いし。一般的にも増えてきているようだ。そして、それに伴って次の変化が起きているようだ。

それは「個性の使いわけ」と、「架空人物の演出」である。

サイトによって雰囲気、書く内容を変えている人間は多い、例えばあるサイトではポジティブで明るい自分になり、またあるサイトでは本当のネガティブで暗い自分を曝け出す、というのが一番多いパターンだと思う。人間には「表と裏」のようなものがあり、どちらが偽者というわけでもなくそれらは表裏一体の関係にある。その二つの自分の側面を同居させた文章を同じ場所に書くと自己矛盾が起きてきたりして中々上手くいかない。そういう背景があって「個性の使いわけ」は起きていると思う。

もう一つは、まったく自分ではない「新しい自分」を創造しある種の「なりきり」によって作られた世界の出現ある。これは何も新しい動きではなく、昔からネカマを始めそういったものはずっと存在してきた形態でもある。そういう類いのものは大半は「ネタ」としての側面が大きい、僕も過去に「アヤノ」という女になりきってお水系のお姉ちゃんたちとネットで語ったりしたことがある(笑)。そういう「なりきり」というのはストレス発散にもなるし、他人に害を与えるようなことをしない限りはアリだと思う。
◆ 2005.07.21 Thu

上手い演奏家?

「良い演奏」と「上手い演奏」はイコールではない。

そんなことを時々考える、ここでいう「上手い」とは技術面を指す割合が大きい。「技術」というものは「良い演奏」をするには不可欠であることは確かだ。でもそれだけでは音楽はできないし、技術だけを前面に押し出したような演奏を聴いていると、

「おー凄い凄い!」、「おー指周りが速いねー!」

という感想だけで。心まで響いてこないことが多い。いわゆる「上手いオケ」の「上手い人」会ってきた中で、僕はそういう複雑な感覚を覚えたことは少なくない。中には協奏曲を弾けることがヴァイオリニストの「価値」だと勘違いしていて、技術だけで音楽性のかけら無い醜いメンデルスゾーンやシベリウスを弾く人さえいる。

「この曲はこんな風に弾きたい」、「こんな音が出したい」といったイメージを普段から持ち合わせていないと、人に聴かせられる音楽にはならないと僕は思っている。それは一見ちょっとしたことなのだが、それを持っている人と持っていない人の違いは歴然と音に現われるのである。

「つまらない演奏家」に出会う度、僕は勿体無いと思う。
◆ 2005.07.13 Wed

スターウォーズの追憶

スター・ウォーズepisode3を観た。

「世界が悲劇を待っていた…」とはこのことか。考えてみると「結末」を観る人全員が知っている映画というのも珍しいなと思った。既知の悲劇。

そしてアナキン(ダースベイダー)は本当に可哀想な男だなとしみじみ思った。ルーカスは旧作の時に「この映画の主人公はベイダーだ」といっていて、その時は映画をみた大半の人が「ルークが主人公だろ?」と思ったものだが。ここまでのepisodeをみることでルーカスの言わんとしていたことが明確な形でわかった。

旧作までちゃんと観てから観れば面白い映画、僕のように昔から観ている人にとっては涙物。そう、あまりこのサイトでは話していないが、僕の父がスター・ウォーズが好きで小さい頃からよく一緒に旧作3作を観ていた記憶が残っている。だから宿命的なくらいにスター・ウォーズが好きだ。episodeシリーズを観てから旧作に興味を持ってレンタルしたなんていう軟派なファンとは違って、長年のSW好きである。筋金入りの子供だった。

父が亡くなってからepisode1の製作が決まって、「あー親父にもこれ見せたかったなー」などと考えて映画館で1人で涙を零した思い出がある。振り返ってみればepisode1も2も劇場で並んで観ていた、コスプレ軍団がいてなんか笑えた。…とにかく僕にとっては思い入れの強い映画だ。



今になって、色々と親父に見せてやりたいものとか、聴かせたいものとか、相談したいこととかがあって。二十歳過ぎたし一緒に酒飲みたかったなーとも思う。

そんな話を兄としていた時に、兄はこう言っていた。

でも、俺らが親父にみせてもらったこととか、教えてもらったこととか、 してもらったこととか、そういうことが俺らの人格を作ってることは確かで、俺らは、そういうことを、下の世代とか、周りの人間に対して、行動で表現して、 伝えていけるわけだよね。だから、まだまだ、やることは多いかもね。がんばって生きていこうじゃないか。なぁ。taxiよ。
今改めてその言葉を反芻して、「そうだよな」と思った。そして最後に言っていた言葉に涙が出そうになった。

なんだか、こういう気持ちを共有できる兄弟ってものがいるのは、とても運がよかった気がするな。一人はつらいもんな。
そう、1人じゃないことに僕はとても救われている。親父の分まで上手い酒飲んだり、スターウォーズを観たりしてるんだ、と思うと少しだけ気が楽になる。いやもしかすると、親父はいつも僕達の中にいて、同じものを見て同じものを感じているのかもしれない。父との一体感、心地よい全能感を感じる夜だった。
◆ 2005.07.12 Tue

日本語やばい

間違った言葉の使い方って多い。

例えば「やばい」という言葉、この言葉は元々は「やば」という形容動詞が形容詞化したものだ。東海道中膝栗毛で有名な膝栗毛の一節には「おどれらやばなことはたらきくさるな」とあって、犯罪者などの社会での隠語だったようである。

「やばい」の意味は国語辞書を引いてみると、「具合の悪いさま、危険なさま、不都合、」と書いてある、殆どの方はこれに納得するだろう。しかし若い世代ではこの言葉の使われ方が大きく変わってきている。例えば街中やTVでこんな言葉を聞いたことはないだろうか。

例1:「この服やばいよ。」
例2:「やばい面白い!」

例1での「やばい」は「格好良い」という意味に近い、女性や女物の対象をさす場合は「可愛い、綺麗」という意味にもなる。言葉の対象によって意味は若干変わるが、要するに「とても優れている」という肯定的なニュアンスの言葉といっていいだろう。

例2での「やばい」は「もの凄い」という修飾に近い、「やばい」という言葉の「心情が揺さぶられている」というイメージがそのまま肯定的に使われている。そう、若者言葉では「やばい」は元々の意味とは真逆の肯定的な意味でも使われているのだ。

しかし、だからといって若者達が元々の「困った」を意味する否定的文脈で「やばい」を使わないというわけではない。もともとの否定的な意味から、先に述べた肯定的な文脈まで広く用いられている。どっちみち「やばい」という言葉は、砕けた会話の中で使われる言葉なので正直どうでも良い気がする。



東京の「標準語」というのは毎日聴いていると飽きる、関西弁とか東北弁とかそういう「訛り」が僕は好きだ。特に普段は標準語を喋っている上京している女性が突然に地元の方言を話してくれたりするとツボだ。僕は激しく心を揺さぶられる、これってフェチなのか?

今風にいうと、「地方訛り、ヤバイ。」という感じだ。
◆ 2005.07.08 Fri

ギャップのある女性

学校にいつも着物を着ている女の子がいる。

0507081.jpg

詳しいことは聞いていないが、家のしきたりだとか、風習だとか…そういう理由で着物を着ているようだ。そんなどこか古風で厳しい家庭に育った彼女だが僕がいつもその子と会うのは、外の喫煙所である。

上を見上げると梅雨空が太陽に透かされて、まるで白骨のように白い。水分をたっぷりと含んだ空気は、体にじんわりとまとわりついてくる。気だるい午後だ。外には雨が降っているが、屋内には喫煙所が無いので、仕方なく外に出て、屋根の下から雨に煙らされた地上をぼんやりと見つめながら人々は煙草を口に運ぶ。

その気だるい集団の中でいつも一際目を引くのが「彼女」だ。黒塗りの下駄に藍色のシックな着物でキチッとまとめた姿と、煙草をアンニュイな表情と共に吸う仕草のギャップがあって僕は本能的に引き付けられてしまった。素敵な女性だった。顔はまだどこか幼さがあるが、その瞳には「深さ」があって経験の含蓄をそれとなく示唆しているような気がした。

僕はこういう「ミスマッチ」とか「ギャップ」が醸し出す、いわゆる「意外性のある女性の魅力」に弱いらしい。今まで僕がキュンと来たそういう例を思い出してみよう。

・普段はS→プライベートはM
・普段は無邪気で子供っぽい→楽器持つと大人っぽい
・快活明瞭で外交的→村上春樹とか暗めの小説を愛読
・おしとやかで控えめ→大酒飲み

見たままの中身という女性は何か薄っぺらい感じがする、これも見方によっては僕が今までここで何度と無く語ってきた「秘密」というものとイコールなのではないかと思う、「秘密の無い女はつまらない」と僕が思ってしまう理由がまた一つ明瞭な形で見えた気がした。なるほどと思った。
◆ 2005.07.07 Thu

未来への願望、現在への失望

「繋がる」というのが僕の最近のキーワードだ。

たとえ同じ空間に「一緒」には居られないとしても、なにかによって人と人が「繋がっている」ということ。それは予測不可能な「これから」の中で人と人を繋げてゆく「縁(巡り合い)」といっても良いだろう。

「人の繋がり」とは思っている以上に脆く、崩れ易い。死別、別離、決裂…未来には何が起こるかわからない。もしかすると今日繋がっている人間達に明日には別れを告げなければいけなくなるかもしれない。

そういった自分の自由意志では動かすことの出来ない、「運命」が調和していくように…という願いを込めておいた。ややモナド論的な考え方だが、例えば神の意志によって予め全てが調和すべく定められていたら良いのにとさえ思う。「予定調和」とまでいってしまうと寝ぼけた感じがするが…。

無論、現実の世界は予定調和とは程遠いものである。神は時に牙をむき出し、残酷な運命を人々にもたらす。僕は怯えている、その運命によって再び絶望の淵に落ちてゆくことを。繋がりの糸を必死に手繰り寄せて両手にしっかりと握り締めながら、僕は怯えている。「願う者」の心には、未来への「願望」と現在への「失望」。その二つはせめぎ合い、今日も睨み合いを続けている。

今日は七夕だが、もしかすると織姫と彦星たちも同じように怯えているのかもしれない。天の川が無くなったら、彼らは一体どうやって出会えば良いのだろうか?僕も今にも渇いてなくなってしまいそうな「天の川」を見つめながら、彼らはその「いつか」に怯えている。
◆ 2005.07.06 Wed

犬との思い出

今日は昔飼ってた犬の話をしよう。

僕の家には。ついこの間まで真っ白な犬がいた。もともとは捨て犬、市役所に置き去りにされた犬だった、家族で相談した末にその犬は「家族の一員」になった、その時は僕は小学校二年生だった、嬉しかった。また幼かった僕は「犬の名前=ポチ」という強迫観念を持っていて、その犬には「ポチ」という凡庸な名が付けられた。雑種でとても可愛いい犬だった、僕はポチが大好きだった。

僕が高校生になり、忙しくなるとポチと触れ合う時間は減っていく。それでも僕が小屋に方にいくと真っ白な尻尾を力の限り振りまわして、本当に嬉しそうな顔をしていた。

僕が大学生になっても、ポチはまだ元気に生きていた。小学校の時は子供だったのにすっか老犬になっていた、目の視力はすっかり落ちて殆ど見えなくなっていた。久しぶりに僕が帰ってくるとポチは僕の匂いを嗅いでそれが「僕」だと分かると、昔のように目一杯尻尾を振って嬉しそうな表情を見せてくれた。どんなに時間が経ってもポチは僕のことを覚えていてくれた、本当に嬉しかった。

―そんなある日のこと。

母からの連絡でポチが鎖を切っていなくなったと知らされた。今までにも何度か鎖を切って家出したことは何度かあって、その時にはちゃんと戻ってきていたのだが。今はもう老犬だし、目も殆ど見えないはず、家に帰ってこれるかとても心配だった、その日から「彼」の帰りを待つ日々が続いていった。

…でも、ポチはとうとう家には帰ってこなかった。

家の周りは広大な自然に囲まれている、多分森の中に入ってそのまま迷ってしまったのだろう。どこかの森の中でポチは静かに息を引き取ったのだろう。今でもヒョっといきなりポチが帰ってくるんじゃないかと思うことがある、そのくらいポチは「死」を感じさせないまま、フッと僕達の目の前から消えた。

昔、僕は悲しいことがあるとよく夜に家の庭に出て泣いた。そんな時もポチは愛くるしい表情で僕の心を慰めてくれた。恋人と別れた時、失敗を犯した時、大切な人が亡くなった時…泣いている時にはいつも、ポチが僕の心を慰めてくれた。僕の人生の様々な「瞬間」、人生の「変遷」をポチは見ていた。本当に長い付き合いだった、彼は正に「家族の一員」だった。

ポチは犬としては本当に長生きしていたほうだった、 (失踪した当時には既に14歳くらいになっていた) いつ「死」がやって来てもおかしくない年齢だった。…非現実的な話だが、僕は時々こんなことを考える。

もしかすると彼(ポチ)は、家族を悲しませたくなくて。「死」を感じさせない死を選んだのかもしれない…

今でもそんな気がしてならない、彼は「家族」だったから。
◆ 2005.07.05 Tue

動物への一方的な関係付け

なんとなくフラリと熱帯魚の店に立ち寄った。

水槽には色々な魚がいて、見ていると飽きない。家で独りで過ごす毎日が正直とても淋しいので、「熱帯魚でも飼おうかなぁ…」なんて考えていた。要するに、「小さなお友達」が欲しくなったのだ。

しかし、実際飼うとなると水槽の掃除とか、餌とか、色々と大変なのだろう。何だか飼える自信が無い。

「そんな僕に買われた魚は不幸なんじゃないか?」

とか考えると、なかなか飼う決心がつかない。はぁ。まぁ本当は水槽で生きてる時点で、魚はもう既に「自然の中で生きる」という道を断たれているのだから不幸なのかもしれないけれど。考え方の問題か…。

「動物を飼うことは人間のエゴ」だという考え方は、古風だが、否定できないものであることは確かだ。僕は「小さなお友達」が欲しいといったが、ここでいう「友達」という言葉は僕が一方的に結びつける関係だ。

僕は水槽を泳ぐ魚達の動きを見てにっこり微笑んだり、時には話かけたりさえするのだろう。それで自分が「癒される」のだから、それは素晴らしいことだと思う。しかし、ニヒルな見方をすれば、それはすべて一方的で関係付けとも言えるし。そう考えてしまうと空しい。

嗚呼、こういう考え方はネガティブすぎる。もうやめよう。
◆ 2005.07.04 Mon

クラリネットを熟知した作曲家

ブラームスの交響曲というと高校時代は1番が好きだった。

冒頭からあのティンパニの重々しいCが杭を打ち込むような序奏のかっこ良さに思春期真っ只中の僕はやられてしまった。昔よく聴いていたのはベーム指揮、ウィーンフィルの演奏、3楽章冒頭のクラリネットの主題を奏するプリンツの音色は 今でもブラ1の全録音の中でも格別の美しさだと思っている。ウィーン・フィルのクラはウラッハ辺りから脈々と伝統が受け継がれていて、これを聴き慣れると他のオケのクラの音が薄っぺらく、軽く聴こえてしまい、聴けなくなってしまう。

最近はブラ3が染みるようになってきた、年齢を感じる。3番もやはり1・2楽章のクラリネットについつい耳が行く。こうやって考えるとブラームスはクラリネット使いの名人だ、 譜面を見ているとクラリネットという楽器を熟知しているなぁと感心してしまう。「作曲家ならみんな熟知してるでしょ?」とお思いの方もいらっしゃるだろう、しかしそれは違う。

むしろクラリネットを熟知して上手に扱っている作曲家は、有名どころではモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ロシア系だとショスタコーヴィチ、チャイコフスキーくらいしか思い浮かばない。その他の作曲家の作品のスコアを見てると、「この人、本当にわかってるのかな?」と思うようなクラ使いをしている作曲家が多い、例えばマーラーの高音スタッカートを吹く感覚には、クラ吹きにしかわからない不愉快さがある。

誤解のないように補足しておくと、ここでいう「使い方」というのは、クラの出番(ソロなど)の多さではない。それは管の使い分けと、何より「音域」の使い方に表れる。特にクラが旋律を受け持つ際に使われている音域を見ていくと、分かりやすいかもしれない。クラ使いの上手な作曲家は上の音域だけでなく、下の音域まで効果的かつ合理的に使っている。しかし上手でない作曲家は、上の音域ばかり使う。(スコアを見ると、その違いは顕著だ。)「意識して使わなかった」というよりは、クラリネットの音域の広さと中低音の独特の色彩を持つ音色の使い方を「知らなかった」、或いはそれに「詳しくなかった」と言った方が正しいようだ。

この個人的見解をクラリネット吹きの友人達に話してみると、プロ・アマ問わず共感されることが多い。あるプロの方は、「クラ吹きでも、楽器の特質も知らないで、自分の音楽だとか美学だとか、そういうことを何も考えずただ楽譜を吹いてる奏者がいる。そしてそういう奏者はクラ使いの上手い下手にも気付いてない!」と酒を片手に憤慨しながら(苦笑)語っていた。

楽器の上手い下手に拘らず、自分の楽器を正しく理解して、自分の楽器に対する「美学」を持つことは大切だと思う。だからといって「それが義務だ!」といいたいわけではない、その方がシンプルに言って「楽しい」と僕も思うわけだ。そういう意味で世の中にはつまらない演奏家がいるものだ、まぁたまたま出会った先生に恵まれてなかったりだとか、「環境的な要因」が一番大きいのだから仕方ないのだけれど。



クラ吹きを見ていると、薄っぺらい音を出す人が結構多い。中低音はまだしも高音が中身の無い薄っぺらい音になるから、聴くに堪えない時がしばしばある、「厚いリードは鳴らない」という人は多いが、僕のお母さんなどは50歳を過ぎた今でも、普通に4のリードを使って朗々とクラリネットを鳴らしている。

母に言わせれば、「厚くても鳴るリードはある、結局は楽器の鳴らし方の問題。薄いリードは軽薄な音が出るから(特に高音)、そういう音色が必要とされる作品を吹くことでもない限りは、なるべく使いたくない。」ということになる。なんだか納得。自分の音色に「美学」を持つこと…僕はクラは吹かないけれどヴァイオリン弾きにとっても、色々と考えさせられる話だった。

そういえば京都市交響楽団の首席クラリネット奏者をしてるセルヴァドーレ・レーニさんは5のリードを使っているらしい。4とか4半ならわかるけど5って凄いな、分厚すぎる。
◆ 2005.07.01 Fri

成長を見守る親

なんとなく「子供欲しいな…」と思った。

生前の父さんの子供の育て方を今振り替えってみると、「あぁ俺もたぶん同じような育て方するんだろうなぁ」と思う。父にとって教育は「インプルーブ」に近かった気がする。

自分の好きな音楽を聴かせたりして子供を音楽で包む、そして僕は音楽が好きになり、旋律を一緒に口ずさんだ。色んな議論をして自分の価値観や文学的感覚を自然な形で育んでいく、そして僕はロマンティストでどこか気障な一面を持つようになる(ませた子供になるのは宿命的だ)。

子供が夢中になったものに一緒に取り組み熱血指導する、僕がスポ少でピッチャーをやっていた時はキャッチャーになり、僕が絵に夢中になると一緒になって絵を書いてくれたりした、そして僕は教えられることで人に「教える」のが好きになった。車に乗せて色んな場所に連れていく、色々なモノを見せて、色々な人と出会わせそして「感じ」させる。そして僕は好奇心の赴くままに、色々なものに次々と手を出すようになっていく。

父はおそらく既成の「自分」をインプルーブして今の「僕」を作ってくれたんじゃないかなーと最近よく考えるようになった。母と色んな話をしていた時、彼女はこんな事を言っていた。

お父さんは古い家柄に縛られて自分の可能性を踏み躙られた、あんたにはそんな人生を送って欲しくない。だからお父さんは自由な生き方をさせたし、どんな世界に行っても(たとえそれが日本でなくても)生きていけるような価値観を育んでくれたのよ。

僕は、父の明確な意志のもとに育てられたことをそこで知った。

でも、僕はなにかを強制されるわけでもなく自分の好きなもの、興味を持ったものだけに夢中になりながら、正に「のほほん」と生きていたから。小学校低学年の時から注意力が散漫だった。落し物箱に入っている筆記用具はその殆どが僕のものだったし、なにかの作業をやる時も、常に「マイペース」でのんびりと周りをまったく気にせずやる所があった。今でもたまにそういう部分がモロに顕在化し、沢山の人に迷惑をかけてしまう事がある。

僕が将来、自分の子供を育てる時が来たら、そういう部分にはある程度メリハリがつけられる子供に育てなければなーと思う。それも言葉にすれば「インプルーブ」ということになるのかもしれない、なんともメカニカルで不自然な響きがあり誤解を招きかねない言葉だけれども(決して自分のegoを押し付けるということではない、僕はむしろ何も押し付けられなかった。)。

でもなんとなく「インプルーブだな」と思った。


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