◆ 2005.12.22 Thu
音が動かないオーケストラ
ウィーンで指揮を学んでる先生が僕に話してくれた言葉の一つ一つが胸にずしんと響いてきたのでここに記しておきたい。
縦の線もあっているし音程も合っているが「音が動かない」日本のオケのつまらない音楽(もっというと日本のプロオケの金管は音程も縦の線さえもイマイチで本当に良いとこ無しだと思う)、音楽後進国(特に精神的な部分)の抱える大きな課題である。
人材を「育てる」というチャンネルがなく、人材をただひたすら消費していくような日本のクラシック界の現状。本当にクラシック音楽を愛する優れた音楽家達が、次々と日本を去っていく理由がよく分かった気がする。
純粋に環境面を考えれば、1〜2回程度の練習で本番をやることも珍しくないプロオケよりも、時間をかけられるアマオケの方が良い意味で音楽的な演奏ができるのではないかと思う。彼の言うとおり、プロに「技術」で勝つことは難しくとも、「音楽性」においては大して差はないのかもしれない。
実際、凡百の音楽家が口にする音楽は、師匠の請け売りであったり、どこかで聞いたような陳腐なものも多い。そんな中で本当に「芸術家」と呼べる人間は本当に少ないのではないかと思う。自分の感じたものを自分の頭で噛み砕き練り上げて表現出来る。
そんな数少ない「音楽家」を我々はもっと大切にしていかなければいけないと思った。
縦の線もあっているし音程も合っているが「音が動かない」日本のオケのつまらない音楽(もっというと日本のプロオケの金管は音程も縦の線さえもイマイチで本当に良いとこ無しだと思う)、音楽後進国(特に精神的な部分)の抱える大きな課題である。
人材を「育てる」というチャンネルがなく、人材をただひたすら消費していくような日本のクラシック界の現状。本当にクラシック音楽を愛する優れた音楽家達が、次々と日本を去っていく理由がよく分かった気がする。
純粋に環境面を考えれば、1〜2回程度の練習で本番をやることも珍しくないプロオケよりも、時間をかけられるアマオケの方が良い意味で音楽的な演奏ができるのではないかと思う。彼の言うとおり、プロに「技術」で勝つことは難しくとも、「音楽性」においては大して差はないのかもしれない。
実際、凡百の音楽家が口にする音楽は、師匠の請け売りであったり、どこかで聞いたような陳腐なものも多い。そんな中で本当に「芸術家」と呼べる人間は本当に少ないのではないかと思う。自分の感じたものを自分の頭で噛み砕き練り上げて表現出来る。
そんな数少ない「音楽家」を我々はもっと大切にしていかなければいけないと思った。
◆ 2005.12.17 Sat
吹奏楽とオケの精神構造
吹奏楽を聴いていて「吹奏楽とオケは似て異なるものだなぁ」と感じた。
日本が戦後から育んできた音楽文化、「吹奏楽」はまさに日本の管理社会の縮図を描いたようななんとも独特の世界である。縦の線、音程…彼らに指導者が求めてくるのは「音楽」ではなく「正確さ」と「統一」だ。
日本のプロオケのつまらなさも、この辺からも生まれていると思う。或いは電車が気持ち悪いくらいに正確なダイヤで運行していることに安心感を覚えてしまうような日本人のメンタリティもそれを助長しているような気がしてならない。
色んなオーケストラを見ていると、吹奏楽上がりの管楽器奏者がオーケストラ畑に入ってきても、吹奏楽気分で楽器を吹いてウザがられているような状況を目にするが。それもしかたないことなのかもしれない。
オーケストラの精神構造は西洋が主体であり、吹奏楽の精神構造は日本の戦後から積み上げてきた管理教育が主体となっているのだ。これは本質的には「音楽の対立」ではなく、西洋と日本の「精神構造における対立」といった方が良いのではないかと思う。
頭の悪い人間にお門違いの反論をされたくがないために一応付け加えておくと、これは吹奏楽を非難するために書いた文章ではない。(実際、僕は吹奏楽を指導したこともあるし、吹奏楽の面白さも知っているのだ)
中立的な立場から「吹奏楽とオケは似て異なるもの」という事実について考察を重ねただけである。吹奏楽のイメージをこれ以上落とさないためにも、どうかこの精神構造の違いを理解して、しっかりと頭を切り替えて音楽をして欲しいと切に願う。
日本が戦後から育んできた音楽文化、「吹奏楽」はまさに日本の管理社会の縮図を描いたようななんとも独特の世界である。縦の線、音程…彼らに指導者が求めてくるのは「音楽」ではなく「正確さ」と「統一」だ。
日本のプロオケのつまらなさも、この辺からも生まれていると思う。或いは電車が気持ち悪いくらいに正確なダイヤで運行していることに安心感を覚えてしまうような日本人のメンタリティもそれを助長しているような気がしてならない。
色んなオーケストラを見ていると、吹奏楽上がりの管楽器奏者がオーケストラ畑に入ってきても、吹奏楽気分で楽器を吹いてウザがられているような状況を目にするが。それもしかたないことなのかもしれない。
オーケストラの精神構造は西洋が主体であり、吹奏楽の精神構造は日本の戦後から積み上げてきた管理教育が主体となっているのだ。これは本質的には「音楽の対立」ではなく、西洋と日本の「精神構造における対立」といった方が良いのではないかと思う。
頭の悪い人間にお門違いの反論をされたくがないために一応付け加えておくと、これは吹奏楽を非難するために書いた文章ではない。(実際、僕は吹奏楽を指導したこともあるし、吹奏楽の面白さも知っているのだ)
中立的な立場から「吹奏楽とオケは似て異なるもの」という事実について考察を重ねただけである。吹奏楽のイメージをこれ以上落とさないためにも、どうかこの精神構造の違いを理解して、しっかりと頭を切り替えて音楽をして欲しいと切に願う。
◆ 2005.12.14 Wed
アマオケの難しさ
ある方から、こんな質問が寄せられた。
僕は特定のアマオケには所属はせず主にエキストラ的に参加している人間だ、それと今まで幾つかのアマオケの立ち上げに携わったことがある。僕とアマオケの関係はその程度。そんなこんなで普段は「学生オケ」というフィールドをメインにして音楽をやっている人間なので、クリティカルな意見は出せないと思うが、僕の思うところを(僭越ではあるが)そのまま書いてみようと思う。
アマオケは社会人中心の集団なので、現実的に学生のように時間を気にせず音楽に打ち込んだりはできないし、「週末に楽器が弾けるだけでも幸せ」というような柔らかいスタンスで臨んでいる方も多いように思う。では世の中にあるアマオケは全て中途半端な団体かと言えばそんなことはなくて、中には素晴らしい音楽を奏でるレヴェルの高い集団も沢山ある。
そこで考えるのは一体この「差」はどこから生まれてくるのかということ。オケを構成する要素は、大きく分けて「人材」と「環境」の二つの要素が挙げられると思う。そこで、どうすればそれらの水準を上げていけるかについてそれぞれ自分なりに考えていきたいと思う。
まず「人材」、これは音楽面にしろ実務面にしろ、いかにモチベーションが高く優れた人材をオケに引っ張ってくるかだ。オケに長く在籍している年長者がいつまでもトップに居座っているようなアマオケで、なかなか活躍できずにフラストレーションのたまっている若い人を狙うのが一番良い、本当に優れた奏者ならば首席奏者のポストを用意して迎えてしまうというのも非常に有効な手段だ。一人引き抜ければパイプ役ができるわけだから、上手く行けばそこからゴソッと芋づる式に連れてくることも不可能ではない。
そういったことを積み重ねていくことで、必然的に団員は増えていく。物騒な言葉だが、モチベーションや実力によって「自然淘汰」が行われていくわけだ。まぁこれは強行策ではあるのだが、実際にこのやり方で上手くいったアマオケは多い。これによって運営面も人材が揃ってくるし、組織としての厚みが出ればマネジメントの質も向上していく。それに伴い音作りに関わる人間にかかってくる責任も(良い意味で)重みを増していくのではないかと思う。
次に「環境」、これについては練習場所を変えるとなると都内では色々と大変なので、それよりもまずは「指揮者選び」において工夫をすると色々な効果が期待できると思う(これももしかすると人材面の話といって良いのかもしれない)。コンサートマスターとはいえ一人の「団員」である人間が、団員に厳しく接するのには限界があるし、正直厳しいことをストレートには言いにくいと思う。
一方で「指揮者」というのは「プロ」だから、ある程度厳しいことを言う権利があるし、団員側もそれを真摯に受け止めようとする。つまり、そういう厳しくもしっかりとトレーニングしてくださる指揮者を招聘すれば良いということだ。これは他のアマオケの評判などを聞いて指揮者を慎重に選定していけば、良い指揮者は必ず見つかると思う。
「コンマスとして何が出来るか」についてよりも先にそんな極論ばかり書いてしまったが、実際にこれらの方法で良くなったアマオケは多いし、どれも有効な手段である。最後にコンマスとしての「指導方法」について。「底上げ」しようとするよりもまずは、比較的モチベーションの高く優れた演奏者から意識して育てていくことが大事だと思う。(無論、学生オケの場合はその逆で、「底上げ」が大事になってくる)
そして少しずつ「同胞」(こう書くと、どうにも政治的な匂いがするけれど)を増やしていくことが有効だと思う、そうやって雰囲気を変えていくことでグレーゾーンにいる人間の中にも良い意味で「変わっていく(或いは変わっていこうとする)」人間が増えていくのではないかと思う。これは「人材」において語ったヘッドハントの方法と平行して進めて行くと非常に有効だ。
当然これはコンマスに「指導力」がある程度備わっているという前提論の上に成り立っている方法なので、コンマス自身はとても大変だと思う。何よりもまずはコンマス含め首席奏者同士の意思を統一して、連携を強めていく事が重要だろう。
アマチュアオケは、いろんな仕事に就かれている社会人の方で構成されますが、オケに来る目的・趣向は人によってばらばらです。当然初心者の方もいらっしゃるわけですが、オケの技術レベル引き上げを考えると、その方たちにも厳しく練習してくるよう指導しなきゃいけない。
そこで問題になってくるのが、「指導の方法」。厳しくしすぎるとすぐやめちゃうし、何も言わなければ単に仲良しこよしクラブで終わってしまい、お客様に演奏を聞かせることができるまでのレベルに到達できない。さて、どうしたもんでしょうか。
コンマスの指導方法・指導力に繋がる観点だと思います。ご教示の程よろしくお願い申し上げます。
僕は特定のアマオケには所属はせず主にエキストラ的に参加している人間だ、それと今まで幾つかのアマオケの立ち上げに携わったことがある。僕とアマオケの関係はその程度。そんなこんなで普段は「学生オケ」というフィールドをメインにして音楽をやっている人間なので、クリティカルな意見は出せないと思うが、僕の思うところを(僭越ではあるが)そのまま書いてみようと思う。
アマオケは社会人中心の集団なので、現実的に学生のように時間を気にせず音楽に打ち込んだりはできないし、「週末に楽器が弾けるだけでも幸せ」というような柔らかいスタンスで臨んでいる方も多いように思う。では世の中にあるアマオケは全て中途半端な団体かと言えばそんなことはなくて、中には素晴らしい音楽を奏でるレヴェルの高い集団も沢山ある。
そこで考えるのは一体この「差」はどこから生まれてくるのかということ。オケを構成する要素は、大きく分けて「人材」と「環境」の二つの要素が挙げられると思う。そこで、どうすればそれらの水準を上げていけるかについてそれぞれ自分なりに考えていきたいと思う。
まず「人材」、これは音楽面にしろ実務面にしろ、いかにモチベーションが高く優れた人材をオケに引っ張ってくるかだ。オケに長く在籍している年長者がいつまでもトップに居座っているようなアマオケで、なかなか活躍できずにフラストレーションのたまっている若い人を狙うのが一番良い、本当に優れた奏者ならば首席奏者のポストを用意して迎えてしまうというのも非常に有効な手段だ。一人引き抜ければパイプ役ができるわけだから、上手く行けばそこからゴソッと芋づる式に連れてくることも不可能ではない。
そういったことを積み重ねていくことで、必然的に団員は増えていく。物騒な言葉だが、モチベーションや実力によって「自然淘汰」が行われていくわけだ。まぁこれは強行策ではあるのだが、実際にこのやり方で上手くいったアマオケは多い。これによって運営面も人材が揃ってくるし、組織としての厚みが出ればマネジメントの質も向上していく。それに伴い音作りに関わる人間にかかってくる責任も(良い意味で)重みを増していくのではないかと思う。
次に「環境」、これについては練習場所を変えるとなると都内では色々と大変なので、それよりもまずは「指揮者選び」において工夫をすると色々な効果が期待できると思う(これももしかすると人材面の話といって良いのかもしれない)。コンサートマスターとはいえ一人の「団員」である人間が、団員に厳しく接するのには限界があるし、正直厳しいことをストレートには言いにくいと思う。
一方で「指揮者」というのは「プロ」だから、ある程度厳しいことを言う権利があるし、団員側もそれを真摯に受け止めようとする。つまり、そういう厳しくもしっかりとトレーニングしてくださる指揮者を招聘すれば良いということだ。これは他のアマオケの評判などを聞いて指揮者を慎重に選定していけば、良い指揮者は必ず見つかると思う。
「コンマスとして何が出来るか」についてよりも先にそんな極論ばかり書いてしまったが、実際にこれらの方法で良くなったアマオケは多いし、どれも有効な手段である。最後にコンマスとしての「指導方法」について。「底上げ」しようとするよりもまずは、比較的モチベーションの高く優れた演奏者から意識して育てていくことが大事だと思う。(無論、学生オケの場合はその逆で、「底上げ」が大事になってくる)
そして少しずつ「同胞」(こう書くと、どうにも政治的な匂いがするけれど)を増やしていくことが有効だと思う、そうやって雰囲気を変えていくことでグレーゾーンにいる人間の中にも良い意味で「変わっていく(或いは変わっていこうとする)」人間が増えていくのではないかと思う。これは「人材」において語ったヘッドハントの方法と平行して進めて行くと非常に有効だ。
当然これはコンマスに「指導力」がある程度備わっているという前提論の上に成り立っている方法なので、コンマス自身はとても大変だと思う。何よりもまずはコンマス含め首席奏者同士の意思を統一して、連携を強めていく事が重要だろう。
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