◆ 2006.01.28 Sat

「プレイヤー≠音楽家」

母校の高校オーケストラを教えに行った。

直接教えに行くのは2回目。前回は序曲《セヴィリアの理髪師》を見たが、今回はメインのチャイコフスキーの交響曲第4番(以下:チャイ4)を見ることになっている。このは僕が高校2年のときに演奏した曲、今再び母校に足を運びこの曲を教えに行こうとしているんだなぁと思うとなんとも不思議な気持ちになる。

チャイ4は一言でいって「難しい曲」だ、メジャーな4〜6番の中ではおそらく技術的に一番難しい曲ではないかと思う。(精神的に難しいのは圧倒的に6番だろう)

特に長大な1楽章は本当に難曲である、運命の主題に続く弦楽器による死のイメージさえ感じさせる死神のワルツのような第一主題、軽快さと憂いという相反する性質を同時に有したピエロが舞うような第二主題、個人的な感覚だが、この1楽章は全体としてデモーニッシュな舞曲と捉えたほうがシンプルに理解できる。

そしてそれらをデモーニッシュな色合いを与えているのが4〜6番を通して形を変えては何度も押し寄せてくる「運命」と解釈して良いのではないかと思う。

そういう視点で各々の終楽章までのプロセスを見ていくと、4番は精神的な高揚(それは決して長続きするものではないのだが…)によってなんとか運命に打ち勝ったと解釈できるし、5番は運命そのものをポジティブに受け入れ共に勝利の歌を歌っているように思える(或いは運命に完全にひれ伏していると取るべきだろうか)、そして6番では運命と共に息絶えてしまうわけだ。

音楽室に着くと早速練習が始まる、前回と同様にまずは奏方と音のイメージの統一に重点を置いて指導を進めていく。前回ロッシーニを教えたときは一貫して軽快な音や華やかな音を求めていったが、今回はコテコテのロシア物。一転して重さと粘りのある音、渋い音を求めていく。

これがクラシックというジャンルの「難しさ」である。

音楽に国境はない」とはよく言うものだが、演奏家は作曲者の生きた国(或いは作品の生まれた国)により、「音楽的な国境」を越えなければならないことがしばしばある。国と音楽表現の結び付きは想像以上に密接な関係にあり、どんな指揮者もその強力な関係姓を無視することは出来ない。

こう書いてもいまいちピンと来ない方のために、僕の主観をざっとあげてみよう。

ドイツ
・カチッとした重厚な音
・強拍に明確に重心がくる

オーストリア
・不健康な程のヴィブラートと歌い込み
・遊び心、洒落っ気のある歌いまわし

ロシア
・重く粘りのある濃厚な音
・フォルテは咆哮の如く爆発(笑)

北欧
・濃厚で荒々しくも磨かれた音
・自然音の模倣

東欧
・土臭さと、切れ味のある音
・民俗音楽をルーツとしたリズム・旋法

フランス
・空気感のある淡く透明な音
・軽く、抜けた発音

イタリア
・軽快で華やかな音
・オペラのような歌謡性

アメリカ
・ブラス(或いはジャズ)的な響き
・賛美歌・自国の歌曲のエッセンス

イギリス
・民謡・牧歌的な情調
・高貴な語り口

こうやって書いてみると一面的なものばかりだし、時代や作品の性質により例外も多いので、いくらでも突っ込めそうな内容になってしまった。恥ずかしい。

例えばオーストリアなどは明らかにマーラーやJ.シュトラウスなどに限定されたイメージだし(オーストリアにはハイドンが、モーツァルトが、ブルックナーもいたというのに!)、ドイツ音楽にしてもベートーヴェン、ブラームスなどに限定されたイメージに偏っている(ドイツにはメンデルスゾーンが、シューマンが、R.シュトラウスもいたというのに!)。そもそもドイツとオーストリアは近すぎてカテゴライズすること自体ナンセンスなのだ。

(…と他人に突っ込まれる前に予防線として自分で突っ込んでおく)

しかし、実際に音作りをしたことがある演奏者や造詣の深いリスナーならば少なからず解る部分があるのではないかと思う。これらの国のイメージとその国の作曲家の作品とを決定的に結び付けているのはご当地のプロオケの存在であると思う、ドイツのオケ、フランスのオケ、ロシアのオケ…色々な国のオーケストラを聴いていると実際に上に記したような傾向やキャラクターがはっきりと現われているのだ。

(そして同時に日本のオケの個性の無さに気付かされる、「日本のオケは現代音楽が上手い」という世界的な評価は裏返せばとても不名誉な評価だ。無機質でミニマルな音楽を正確に弾けることがアイデンティティだなんて…)

もちろんこういったものを無視した演奏も多い、大抵の演奏はそれがしっくりと来ないものなのだが、それがごく稀に成功することもある。例えばデュトワ指揮モントリオール響(カナダのフランス語圏ケベック州のオケ)の演奏するチャイコフスキーの5番などはロシア物でありながらフランス物のような透明感のあるサウンドで演奏しており、その結果非常に洗練された新鮮なチャイコフスキーが生まれている。

デュトワの振るチャイコフスキーを一度好きになってしまったら他の演奏はドロドロしすぎて聴けなくなってしまう人もいるかもしれない。(考えてみるとこのコンビの演奏は何を演奏してもフランス的な響きがする、本当に強烈な個性だ)彼のチャイコフスキーの交響曲は4〜6番までリリースされているので、興味のある方は是非聴いていただきたい。

午後はより細かく踏み込んだ表現、奏法を一緒に模索していった。それからこの曲はリズムが取りにくい場所や音色のイメージが掴みにくい場所が多いので、実際に口に出して歌わせることで曖昧な場所を一つ一つ確実に理解させていった。やっぱり「歌パト」はどんなレヴェルの団体に適用しても効果的だ、楽器は何であっても音楽の根底に流れているのは「歌」であって、口に出して上手く歌えないような状態で楽器で上手く弾こうなどというのはナンセンスな話なのである。

アマチュアには技術が高いのにもかかわらず、まったく感動できない演奏をする人が多い(「凄いなぁ」という驚きは感じるのだけれど)、その殆どの原因は「歌」が無いからだ。「歌」の無い演奏にはフレーズ感も表情も生まれず、訴えかけてくるものが無いのである。

ふと、高校時代にかつて自分がこのチャイ4に取り組んだときに自分はどれだけの音楽的情報を理解しながら演奏していたか、オーケストラとしてどれだけの表現を成しえていたか思い返してみると、残念ながら情報量・水準共に充分では無かったと思う。我ながら「井の中の蛙」のような、非常に限定された狭い世界で音楽をしていことに気付かされる。
無理もない、当時はこうやって音楽的・技術的なことを具体的に教え、育ててくれるようなトレーナーも先輩もいなかったのだ。

この高校オケ出身者には音楽的に優れた人物が沢山いるのだけれど、そういう人の多くはプレイヤーとしてただ優れているだけで、「教える」ことを得意としていなかったり、人間的に色んな意味で変わっていて現役生と理解しあえなかったりするので、なかなかそういう環境にはなりにくいのだ。(この辺がかつての梅響の素晴らしさの裏側にある「イタさ」である、OBオケが出来ない本当の元凶もここにあると僕は考えている)まぁそんなことを考えると、今の現役生はこうやって常識的でより情報量のある練習を体験できているのだから、それは幸せなことだと思う。

しかし気になるのは、当時に比べて人間的なキャラの濃さ(それは音楽的なキャラの強さを決める重要な要素になってくる)や自発性が希薄になっているということだ。自分は「こう弾きたいんだ!」という意思や、各々の場所をどう演奏したら良い音楽が作れるのかを自分達で主体的に考える姿があまり見えてこない。

たしかに当時に比べると変なプライドもなく素直なので、教えたことは真綿のように吸収できるし、より細かいことができるようにはなっている。しかしながらいずれも自発的なものではなく、何かを「与えられる」という前提論がなければ成り立たなくなってしまいつつあるのである。

それでも結果的に良い音楽を作ることはできるが、そのままだと「プレイヤー」は育っても「音楽家」は育たない、社会に置き換えて言うなら与えられた仕事を何でも忠実にこなせる「ビジネスマン」は生まれても、「アイディアマン」や「リーダー」は生まれにくいのだ。

今年の三月には合宿に参加することが決まっている、先生のご厚意でせっかく母校のオケの「現在」にコミットする機会が得られたのだから僕はそうした現状を少しでも良い方向に持っていけるように色々なことを考えながら指導していきたいと思う。
◆ 2006.01.19 Thu

脱力と気ままに満ちた生き方

小・中学校時代を振り返ってみて気付いたことがある。

それは、 小学校や中学校まで勉強でもなんでも出来て「クラスの憧れ」だったような人が、高校でグレたり悪に成り下がっているケースが多いということだ。今日は後輩と飲みながらそんな話題について語り合うことになった。

僕の場合は例えば小学校時代、スポーツ万能で成績優秀、皆から慕われていたE君がそのケースに当てはまる。彼は僕にとって最も慕うべき親友にして憧れだった。

対照的に当時の僕は勉強もろくにしないし(スポーツだけは万能だったけれど)、いつも人と違うことをやって周りを笑わせたり目立つことばかり考えているような典型的な「問題児」だった。(良く言えば「ムードメーカー」っだったのかもしれないが、規律を乱していたのは確かだ)

そんなアウトローで下手すればイジメの対象にもなりかねないような僕がずっと自由気ままに学校にいられたのは、人間的な懐の深い彼が僕を慕ってくれてよく一緒に遊んでくれたからだと思う。彼が認めた存在はそのままクラスが認める存在になるというわけだ、小学生の価値感はそのくらいにシンプルである意味では現代社会よりもずっとシビアだったのだと思う。

僕はそんな彼と一緒の中学校に進んだが、クラスが別々になり交流は減っていくことになる。話の流れ上、つじつまが合わなくなるが、初めにグレて悪ぶり始めたのは僕の方だった、悪い先輩と遊び始めたのがその原因だった。

しかし僕は中2になると同時に生徒会長に立候補し圧倒的な得票数で当選したのを皮きりに「目覚めて」しまい、週3回以上塾に通い始め急に勉強するようになり、先生からも信頼されるようないわゆる優等生へと変貌していく。自分にとってそれは「祭り」のようなものだった。

一方その頃、E君はすっかりグレて、いわゆる「劣等生」になっていた。いや、厳密に言うと彼だけではなかった、小学校時代に僕よりもずっと優秀で、リーダーシップを執っていたような人間の殆どが同じような道を辿っていたのだ。

その現実は当時の僕にとってはショッキングだった、やがて来る高校受験の際に感じた不思議な「孤独」は今も忘れられない。結局、県下一の進学校である福島高校に進んだのは自分の小学校からは僕とTの二人だけだった。

「何故だろう…」と当時の僕は思った、何故劣等生で何も考えずに小学校生活を送っていた自分がこんなところにいて、かつて優秀だった人間が落ちぶれて毎日死んだ目をしながら電車に乗っていたり、グレて駅前で殴り合ったり恐喝をしたりしているのか。それはいくら冷静になって見つめてみても異常としか思えない現実で、僕は時々頭が混乱したし、時には絶望さえした。

当時の自分にはその原因がわからなかったが、今改めて考えてみるとなんとなくその「理由」がわかる気がする。彼らはずっと何かに「抑圧」されていたんだと思う。

それは周囲や先生、親からの「期待」や「役割」の押しつけであったり、「自分はこうあらねばならない」という自分自身が作り出す強迫観念であったり様々だろう、そういったものに圧迫されすり減らされ、仕舞いに彼らは「壊れて」しまったんだと思う。

そう考えると僕は本当に自分の好きに生きてきたし、何かを押しつけられたりもせずに思うままに人生を歩いてきたなぁと思う、そういう環境と価値観を与えてくれた親には心から感謝せねばなるまい。

しかしながら、これが本来の人間的な成長プロセスであるという点は見逃せない、やはりあの才能をすり減らし消費していくようなあの教育環境は「異常」だったと思う。

「脱力と気ままに満ちた生き方」

現代社会への強烈なアンチテーゼとしての真のスローライフを僕はここに提言したいと思う。(大袈裟)

勝ち組と負け組と言う二元論で人間が語られてしまう風潮のある現代、真に「勝った」と言えるのは日本の不気味なほど正確に刻まれた「時間」と、日常に無意味にどっしりと横たわる「圧迫感」から逃げ延びることのできた人間なのかもしれない。

もっと話を膨らませて音楽界について語るなら、そういう「人間」にしか生きた音楽は作れないと思う。昨今の日本のオケの音楽の不気味なほど「四角い音楽」を聴くと僕は吐き気がする。

これこそ現代日本が生んだ「管理された人間による、管理された芸術」であり、それら圧迫感と無機質な時間とによって腐敗した芸術文化の権化といって良いのではないかと思う。
◆ 2006.01.15 Sun

クラシックが生き残る理由

カルロス・クライバーの初出録音がリリースされた。

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op.92

バイエルン国立管弦楽団
カルロス・クライバー (指揮)

録音:1982年5月3日 ミュンヘン、国立劇場 [ライヴ]

このコンサートは巨匠カール・ベームが亡くなった際に、ミュンヘンの国立劇場で行われたコンサートにおける演奏で、この日はベートーヴェンの交響曲第4番と第7番が演奏された。

クライバーファンの中では周知の事実であるが、この演奏会で最初に演奏された4番はすでにオルフェオからリリースされており、現在もベト4の圧倒的な名演として君臨している。(未聴の方には是非聴いていただきたい)

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 op.80

バイエルン国立管弦楽団
カルロス・クライバー (指揮)

録音:1982年5月3日 ミュンヘン、国立劇場 [ライヴ]

さて今回リリースされた音源は完全に初出のもので海賊盤などは一切出回っていないので非常に楽しみにしていたが、演奏は音質・内容ともに本当に素晴らしいものだった。

なんといっても素晴らしいのは、音楽が一瞬として平面になることなく常に「動き続けている」こと、しかしわざと臭さはなく非常に音楽的にはナチュラルで胸のすくような演奏だ。縦の線のズレなど細かいミスだらけの演奏だが、その粗さを気にさせないくらいのパワーがある。

特筆すべきはバイエルン国立管の色彩豊かなサウンド、弦も歌心たっぷりで切れ味があるし、管楽器も例えばオーボエの甘い(時にはエロティックな香りさえ匂うような)音色と歌わせ方などは本当に巧くて惚れ惚れしてしまう。

クライバーのベト7というと既にウィーンフィルとの演奏がドイツグラモフォンからリリースされていて、記念碑的な名盤として多くのファンに愛聴されている。

僕も個人的にベト7の数ある録音の中でも一番好きな演奏だが、今回のバイエルン国立管との演奏の方がライブということもあり音楽的な燃焼度が高い。この演奏に比べるとウィーンフィルとの演奏の方が粗さも無く安定感があるのだが、少々カッチリとした印象を受ける。(とはいっても客観的にみたらどちらももの凄い演奏なのだが)

ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67《運命》
ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調作品92

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
カルロス・クライバー (指揮)

録音:1974年3月、1976年1月 ウィーン [スタジオ]

興味のある方は是非チェックしてみてほしい、昨今の「四角い音楽」に快感や美感を覚えるような耳の腐った方でなければ素直に感動できる演奏だと思う。

こういう「非日常」を届けるような音楽を私たちは大切にしていくべきだ、現在のクラシック界がいったい未来に何を残せるというのか。このままでは、きっと50年後のクラシックファンもフルトヴェングラーやクライバーを聴いているに違いない、それだけ「クラシックのポップス化」は進行しており、「才能」が消費されては消えていくのだ。
◆ 2006.01.02 Mon

過去への告別

地元に帰ってくると、中学・高校時代のと友人にばったり会うことがある。

僕は中学以前の友達との繋がりのほとんどを自ら断ってしまった人間である。何故かと聞かれればその答えは明確で、当時の僕は「過去」をシャットアウトすることでしか「未来」に進めなかったのだ。大切なあの人を亡くしてからの自分は、そうすることでしか新しく生まれ変われなかったのだと思う。

久しぶりに会う彼らが持っている「僕」のイメージの中に「音楽」という要素はまったくといっていいくらいに無い。生まれ変わる以前の僕のイメージは例えば「生徒会長」であり、彼らの中で僕は少しシャイでオプティミスティックな人間のままなのだ。

確かにそれも間違いなく「自分」だった、しかしあれから全てが物凄いスピードで進み目まぐるしく進んでいき、僕は「変わってしまった」ような気がする。

そんなことを今回痛感することになったのは、帰りの駅で昔付き合っていた女性とバッタリ会ってしまったことが大きかった。

彼女は当時よりずっと大人っぽく「少女」から美しい「女性」へと成長していたが、その中身は殆ど変わっていなかった。つまり彼女がかつて愛した「僕」は、彼女の中では変わっておらず昔のままだったのだ。そこに生まれる妙なギャップがなんだか切なかった。

しかし時が経ったことで良い方向へ向かうものもある、昔彼女言えなかった「ごめんね」という言葉を口に出すことができたのだ。別れ際に冷たく接してしまったことに対する罪悪感が、期せずして7年ぶりに晴れたのだった。泣きそうなくらいに嬉しかった。

もっというと、自分から振っておきながら僕は彼女を愛していたという真実も伝えることが出来た、心と裏腹な行動を取ってしまっていた、「不器用な過去」の清算が今ようやく終わったような気がした。

しかし、あんなにあの子が可愛くなってるとは思わなかった。当時の自分の目は間違っていなかったことを確認すると共に、そんな相手を振ってしまったことを今さらながらに後悔した。過去は清算はできるかもしれないが、取り戻すことは出来ない。

後悔しないように「今」を生きていきたい。


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