◆ 2006.03.23 Thu
若さの力
母校の高校オケの合宿に行ってきた。
今回は色々と大変な合宿だった。チャイ4を初心者の皆にいかに弾かせるかという難題に取り組む日々…。教えていて彼らはいわば高校時代の僕と同じなのだと思った、目の前に立ちはだかる技術的、音楽的ハードルを越えるために彼らは常に「挑戦」し続けている。不安を持ちながら、試行錯誤しながら…。
今回はその「不安」を無くして、自分が高校の頃に教えてもらえなかったことを1つでも多く教えられるように心がけた。
でも、究極的にはそこに裏技も魔法もなかった。初心者であれ経験者であれ音楽は「音楽」なのだ。まず口に出して歌えるようにすること、そしてメトロノームを使って丁寧にさらうこと、この二つに尽きるのだ。
考えながら積み上げていく「練習」こそが彼らを救う「relief」なのだと思った。それに改めて気付いた瞬間になんだかハッとした、最近はじっくりと練習する時間を無く、テクニックや経験で上手く乗り越えていたようなところが自分にはある。もう一度僕自身も「初心」に帰りたいと思った。
しかし「若さ」の持つ力というのは凄い、それは時にこちら側の想像を遥かに越えたような凄い音を聴かせてくれる。良い環境と教育があれば子供は自分のポテンシャルを越えたような進化をとげることができる、結局はそういうことなんだと思う。
そして、そういう環境が「学校」はおろか「家庭」からも消えつつある現代は子供にとっては残酷な時代だと思った。もちろんそれでも良い環境と教育を受けられる子供は必ずいるのだけれど。これはもはや「差異」ではなく「格差」といった方が良いのだと思う。
だいぶ話がそれてしまった。とにかく彼らがこれからどんな風に成長していくか非常に楽しみだ、僕も一人の「先輩」として「人間」としてこれからもこのオケのために自分ができることをやっていきたいと思う。
さて、演奏会ではどんな音楽を聴かせてくれるだろうか。彼らのこれからの頑張りに期待したいと思う。
今回は色々と大変な合宿だった。チャイ4を初心者の皆にいかに弾かせるかという難題に取り組む日々…。教えていて彼らはいわば高校時代の僕と同じなのだと思った、目の前に立ちはだかる技術的、音楽的ハードルを越えるために彼らは常に「挑戦」し続けている。不安を持ちながら、試行錯誤しながら…。
今回はその「不安」を無くして、自分が高校の頃に教えてもらえなかったことを1つでも多く教えられるように心がけた。
でも、究極的にはそこに裏技も魔法もなかった。初心者であれ経験者であれ音楽は「音楽」なのだ。まず口に出して歌えるようにすること、そしてメトロノームを使って丁寧にさらうこと、この二つに尽きるのだ。
考えながら積み上げていく「練習」こそが彼らを救う「relief」なのだと思った。それに改めて気付いた瞬間になんだかハッとした、最近はじっくりと練習する時間を無く、テクニックや経験で上手く乗り越えていたようなところが自分にはある。もう一度僕自身も「初心」に帰りたいと思った。
しかし「若さ」の持つ力というのは凄い、それは時にこちら側の想像を遥かに越えたような凄い音を聴かせてくれる。良い環境と教育があれば子供は自分のポテンシャルを越えたような進化をとげることができる、結局はそういうことなんだと思う。
そして、そういう環境が「学校」はおろか「家庭」からも消えつつある現代は子供にとっては残酷な時代だと思った。もちろんそれでも良い環境と教育を受けられる子供は必ずいるのだけれど。これはもはや「差異」ではなく「格差」といった方が良いのだと思う。
だいぶ話がそれてしまった。とにかく彼らがこれからどんな風に成長していくか非常に楽しみだ、僕も一人の「先輩」として「人間」としてこれからもこのオケのために自分ができることをやっていきたいと思う。
さて、演奏会ではどんな音楽を聴かせてくれるだろうか。彼らのこれからの頑張りに期待したいと思う。
◆ 2006.03.04 Sat
実は友達が少ない
フジロックに行きたいんだけど、一緒に行く人がいない。
僕はよく「実は友達が少ない」といったことを口にするのだが、この言葉は突き詰めると「数が少ない」というよりは「友達の範囲が限定されている、偏っている」といったニュアンスなんだと気付く。
もっと簡単にいうと友人がオーケストラ繋がりの人間ばかりということだ、その結果一緒に演奏をしたりクラシックの演奏会を聴きに行く友人はいても、ロックフェスを聴きに行ったり買い物に行ったりする友人は少ないのである。
しかし、いわゆる「友人」というのは何も趣味の合う人間の繋がりだけというわけではなくて、人間的に合うだとか、一緒にいる時間が長いだとか…そういう根源的な縁や繋がりによって成り立っていくものだから、現在の状況を作り出した原因は100パーセント自分自身にあるといっていい。
僕は無意識にクラシックに携わっているか否かで人間関係のプライオリティーを構築し、(言葉は悪いが)ふるいにかけてきたのかもしれない。自業自得というわけだ、まぁそのお陰で深い繋がりも沢山生まれたし後悔はないが。
世界を幅広く味わうためにも人間関係のフィールドをステレオタイプや趣向に縛られず広げていかなきゃなぁと思った。
僕はよく「実は友達が少ない」といったことを口にするのだが、この言葉は突き詰めると「数が少ない」というよりは「友達の範囲が限定されている、偏っている」といったニュアンスなんだと気付く。
もっと簡単にいうと友人がオーケストラ繋がりの人間ばかりということだ、その結果一緒に演奏をしたりクラシックの演奏会を聴きに行く友人はいても、ロックフェスを聴きに行ったり買い物に行ったりする友人は少ないのである。
しかし、いわゆる「友人」というのは何も趣味の合う人間の繋がりだけというわけではなくて、人間的に合うだとか、一緒にいる時間が長いだとか…そういう根源的な縁や繋がりによって成り立っていくものだから、現在の状況を作り出した原因は100パーセント自分自身にあるといっていい。
僕は無意識にクラシックに携わっているか否かで人間関係のプライオリティーを構築し、(言葉は悪いが)ふるいにかけてきたのかもしれない。自業自得というわけだ、まぁそのお陰で深い繋がりも沢山生まれたし後悔はないが。
世界を幅広く味わうためにも人間関係のフィールドをステレオタイプや趣向に縛られず広げていかなきゃなぁと思った。
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