◆ 2006.08.25 Fri

三線デビュー

こないだ沖縄に行った時に、三線を買った。

ヴァイオリンを弾いていてふと、「日本人なのに西洋楽器しか弾けないなんて情けない…」って思うことがある。実際、海外でヴァイオリン弾くとよく現地の人に「素晴らしい、和楽器もさぞ上手に演奏できるのでしょうね!」なんて言われちゃうことが多い。

そう、日本人でありながら日本の楽器が弾けないということはある意味では不自然なことなのだ。

そんなことを考えていた昨今に出会ったのがこの「三線(さんしん)」だ。毎日暇を見つけてはベンベンと弾いている。とりあえずベタな曲から弾けるようにしようと思って練習してたので、現在のレパートリーは三曲。「花」と「涙そうそう」と「島唄」…、本当に自分でも恥ずかしいくらいにベタだ。

この楽器は面白い。胴にはニシキヘビの皮を張っているというあたりの生々しい感じも良いし、チューニングはCFC(ド、ファ、ド)というのも何だか新鮮。沖縄音階を爪弾いていると、あの沖縄での甘酸っぱい思い出が蘇ってくる。照りつける日差し、悲しき少女、非力な僕…なんて病的なのだろう。誰か、この記憶を吹き飛ばしておくれ…。

もっと弾けるようになって、オケの団内演奏会でデビューしようと思っている。友人の弾く二胡とデュオで思いっきりオリエンタルな音世界を作ってみたい。音練で三線を弾いている僕を見かけたら、どうか温かく見守ってやってください。本人はいたって真面目です。(笑)



この日記に対しある方から素敵な話を教えていただいた。

石垣島のお友達が教えてくれたんだけど。 私達の親の世代くらいまで、男の人がこの三線を持って意中の女性の家の前まで行き、音楽を奏でて求婚をしたんだって。

本当に素敵な話だ、こういうの良いなー。僕も意中の女性の家の前で三線奏でてみたいと思った、でも警察だけは呼ばれないように気をつけなきゃ。でも平凡なプロポーズよりはずっと素敵だと思う、そういう自分だからできる表現っていうのが良いな。
◆ 2006.08.22 Tue

音楽ができるまで

今日はR教オケの指揮を振ってきた。

今回は奏法や音楽の方向性を明確にすることにウェイトを置いて進めていった。僕は縦と音程を揃えることはだけに終始するような「さらわせる練習」だけはやりたくない。もっというと、目指すべき表現(終着点)がわからないままそういったことを先に練習をするのは僕に言わせれば「音楽」ではない。

全てのオーケストラが音を作る時に縦や音程を揃えようと練習に励む理由は、何かを「表現」するためにそれらが必要だからだと思う。その必然性や方向性がわからないまま、縦や音程そろえる練習を強制すると無機的な「結果」だけの音楽になってしまう。

僕はそうしたくはない。そういう作業を施すことによって作られる他動的な「結果」ではなく、何かを表現したいという個々人の「意志」によって作られた音楽をみんなにはして欲しい。

僕は今までもそうしてきたつもりだし、それが「音楽」だと今でも思っている。

ここでいう「意志」とは音楽をイメージしようとする能動的な姿勢でもある。そして「抽象→具体→抽象」というプロセスを経た音楽は聴いていて楽しい、つまらない演奏をしているオケの経るプロセスを見るとこの中のどこかが欠落していることが多いような気がする。

「抽象→抽象」の演奏は自己満足で客には曖昧なメッセージしか伝わらない、かといって「具体→具体」の理詰めでは演奏者が各々のタスクをこなすことに必死になってしまい、感動的な音楽は生まれにくい。このオケの場合は後者のタイプにやや寄っていきそうなリスクが常にある。

演奏者全員が脳みそを働かせて音楽をイメージすることが音楽の出発点であるべきだ。そして、そのイメージを形にするために色々な具体的な方法を模索していき、最後はその出発点であるイメージに立ち返ることが重要であると僕は思うのだ。

そうしないと、「やらなきゃ」とかいう仕事的な意識でしか音楽が出来なくなる、「やらなきゃ」を「やりたい」に変えるためにもイメージは必要!「好きだから」音楽を始めたってことを忘れないで欲しい、「音楽を楽しんでる?」って時々自分に問いかけるといいと思う。

まぁそれにしても、もう少しさらって欲しい。普通に「練習してないからできない」という状態は悲しすぎる、こんな段階で指揮者は何もしてあげられない。僕は魔法も使えなければ、奇跡も起こせない。
◆ 2006.08.13 Sun

サマソニ06

サマソニ2日目に参戦してきた。

会場に着くと早速ビールで乾杯。フジに比べて移動は楽だ、家から電車で1時間もかからないということに気付いた。

最初はSONIC STAGEでLIVING THINGSを聴いた、全然好きなバンドじゃなかったけど、ノリノリだったのでいきなりモッシュピットに突撃して。踊り狂った、いわゆる準備体操というやつですね。(笑)ブッシュ批判とかしてて、本当にコテコテのUSバンドという感じがした。ドラムがパワフルすぎて、途中で壊れてたのが素敵だった。

そのあとはもう一杯ビールを買ってMOUNTAIN STAGEに移動、寝転がって飲みながらMUM DJ SETを聴く。なんというかクリスティンもいないしどこか投げやり気味な感じが全開である意味笑えた、もうちょっと小さい箱で聴けば面白かったのかもしれないけれどいずれにしろ「これはもう、Mumじゃないな…」と思った。そういうわけで途中でTWO GALLANTSを聴きに移動、しかし時間が中途半端だったので殆ど聴けなかった。

そのあとはURBAN/DANCE STAGEに移動して歌姫三連発、クラムボン→EMILIE SIMON→Charaと立て続けに聴いた。

まずはクラムボン、個人的にこの日のベストアクトといってもいいくらいに良かった。郁子の声は生のほうが胸に迫るものがあって良い、ごまかしの無い本当の「歌」とはこういうのをいうのだなぁ、などとしみじみと考えた。野音を聞き逃していただけに、サマソニで聴けたのは幸運だった。

その次はフランス娘のEMILIE SIMON、事前に音源を聴いた時はローリタヴォイスがとても印象的で一体どんなライブになるのか楽しみにしていたが。ステージに出てきた瞬間、ゴスロリっぽい黒尽くめのファッションで「そのまんまやん!」とツッコミそうになった。なんつーか「アイドル」ですよこれは。曲が終わり「メルシー!」って言う度に会場全体が萌えた。

でも実際はEMILIE SIMONのアイドル性だけに頼り切ったようなバンドではなく、音作りも面白かった。特にパーカッション!容器に入れた水をチャプチャプさせてその音でリズムを作ったり、グランドピアノを叩いたりピアノ線を弾いたりしてビートを作る様子は見ていて圧巻だった。その他にもテルミンや廃材のパイプを使った鐘などが登場し、見ているだけでも楽しいライブだった。

URBAN/DANCE STAGEの最後はChara、彼女の歌声と共に青春時代を過ごしたという男の子は少なくないだろう。思い返してみればそんな時代からいつの間にか膨大な時間が過ぎてしまったのだけれど、Charaの歌声は少しも変わっていなくて。それが逆に変わってしまった自分を感じさせて、なんだかちょっと寂しくなった。音と記憶はいつも繋がっている、間違いなく。

その後はArctic Monkeysを聴く予定だったが人が多く間に合わなかった上にURBAN/DANCE STAGEで熱中症気味だったので諦める、何故か海がみたくなってBEACH STAGEにいってみた。一緒にいたHはさっそくはだしになって海へと歩みを進めていく、なんか…青春って感じがした。

そう、サマソニにあってフジロックに無いものは「海」だった。そう考えるとサマソニに参加したからには、BEACH STAGEに行かないと意味が無いのではとさえ思えてくる、とにかく波の音と音楽が溶け合うその不思議な空間は喩えようの無い心地よさにみちていた。

BEACH STAGEの入り口のハイネケンのブースに「真夏の雪」を体験できるスポットがあったので早速突っ込んで記念撮影、冷たいけどとても気持ち良い。こんな暑い日に雪を浴びることができるなんてなんだか贅沢だ。でも正直冷たすぎて絶叫してた、周りの人も子供みたいに大はしゃぎしてて素敵だった。

段々と当たりは暗くなってきた、MARINE STAGEに移動してMUSEを聴いた。MUSEはまぁまぁ好きなバンドだけど、時々まるで「ダサいRadiohead」を聴いているような感覚に陥ることがあって本気で「好き」とは宣言しにくいバンドだったけれど、生で聴いたらけっこう良かった。ちょっと見直したよ。

MUSEの後はMassive Attackを聴きに行こうかと思っていたのだが、どんどん人が詰まってきて移動が難しそうだったのでLinkin Parkを聴くことにした。ライブのオープニングで、いきなり「モスラのテーマ」が流れてきてめちゃくちゃ面白かった。

いやぁしかしリンキンのモッシュはヤッパリ激しかった、足がガクガクになって本当に死ぬかと思った。Linkin Parkはモンスター級のバンドでした、ファンが多いのも頷けるこの凄まじいパワー。DJのJoseph Hahnが僕の兄貴に似ていた、兄貴は大物でした。

というわけで最後は恒例の花火と共にサマソニは幕を閉じた。最高。
◆ 2006.08.09 Wed

クリスティンよ永遠に

Kristin Annaがmumを脱退するそうだ。

Animal CollectiveのDavid(Avey Tare)と結婚し、(それが理由なのかどうかは分からないが)Mumを脱退することが決まったそうだ。ファンとしては祝福すべきところなのだろうが、やはりショックは隠しきれない。ギーザに続きクリスティンの脱退、これでmumから双子の姉妹が両方ともいなくなった。

今年のサマソニがオルヴァルとグンネルの男二人によるDJ SETになった理由もハッキリしてきた、こうなるとmumは初期のインストのみのユニットになっていくのかもしれない。あのウィスパーヴォイスがmumの強烈な個性の1つだっただけに複雑な心境。年内か来年中に新譜がリリースされるとのことなので、とにかくそれを待ちたいと思う。

といってもクリスティンはソロ・プロジェクトを既に始動させていて、「Kria Brekkan」という名前でソロ活動を展開していくそうだ。夫のAvey Tareとのin storeライブを既に行ったようでこのブログにはMDで録音した音源と映像が公開されていてDLすることができる。狂った感じが素敵!

またKria Brekkanとしての活動では、7月7日にベルリンでライブを行っておりその映像も観ることができる。ピアノと声のみによるシンプルな弾き語りであるが、クリスティンらしい妖精のような不思議な雰囲気は健在である。やはりクリスティンのウィスパーヴォイスは良い。

Kria Brekkanとしてのの活動にこれから注目していきたいところ。
◆ 2006.08.08 Tue

人間評論会

僕はある時期から女性の風貌とファッションを評論するのが習慣のようになっている。今では外見・風貌から私生活をプロファイルできるレベルまで腕を磨きあげた。まぁもちろんなんの根拠もないし、実証も出来ないので殆ど「妄想」であるといっていい。

元々は同期の男友達とネタでやっていただけなのだがそれが恒常化するようになり、今でも街に繰り出しなどすると、「taxi、あの子をプロファイルだ!」などといわれるようになっている。そうやって僕の中にはピーコのようなチャンネルが無意識に備わっていったのだ。

一般的にいって自分の妄想というものは、自分の頭の中の世界にとどめておきたいと思うのが自然である。僕自身今までそうしてきた。しかし、ある友人から「taxiのそのプロファイリングを文章化していったら面白いかもしれない」と言われたので試しにちょっと書いてみようと思う。

読む前に1つだけ忠告しておきたい、たぶん僕がこれから書く文章は一般的な感覚で言ったらちょっと引いてしまうようなものだ。人間の頭の中にある妄想などというものは、他人からすれば全て「危ない」ものであるという前提論と共に読んでいただくのが好ましいだろう。

今ちょうど新幹線の向かい側に女の子が座っているので、いつもの調子で僕なりに分析してみたいと思う。

妄想スイッチオン!カチッ!

【脳内妄想の吐露】

日本女性らしい黒髪、しかし毛先にはほのかに赤いカラーが残っている、色々と髪で遊んできて飽きて久しぶりに原点回帰といった感じ。イメチェンを頻繁に行うタイプの子。チークはやや頬骨にダイレクトに乗せすぎて赤みが強すぎる感じだが、地肌が白く童顔なのでそれが少女のような健康的な可憐さを演出している。多分これは計算してるはず。

服装は一見カジュアルだが、インナーのギャルソンのPLAYのハートTシャツやオリエンタルなアクセサリでアクセントを利かせている。ごく控えめにいって「お洒落っ子」。静かに個性を持っていたいというタイプ、古着とブランド物を上手くミックスしている。ヴィトンのバッグ以外安っぽいようなアンバランス・ファッションをしている女性に見せ付けたくなるようなセンス。

目は寝不足で少し疲れた感じだが、同時に好奇心や積極性を感じさせるような雰囲気がある。人間的にはおとなしめでどちらかというとクールなタイプだが、自分が興味を持ったものには大衆の評価など気にせずまっしぐらになるだろう。おそらく恋愛においてもそうだ、みんなに好かれてるとかカッコイイといわれているとか…そういう評判など気にせず我が道をいくタイプ。

最初はなかなかよそよそしい素振りをみせるが、一度打ち解ければ一気に仲良くなれる類の人間。

この後にもっとディープな分析に入るわけだが、それをここに書いてしまうと多分みんな僕を怖がってしまうと思うのでやめておく。生の実況を聞きたい方は直接言ってください。(笑)でもあくまで外見上の具体的な要素しか判断材料にしていないので、実は意外と当たってるんじゃないかと勝手に思っている。

以上、変態日記でした。さようなら。


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