◆ 2007.11.30 Fri
自己防衛としてのマイペース
マイペースに我が道を行く感じで生きてるなんてよく言われるけど、時々ふと少女のようにナイーブな自分を見つけてゲンナリする。例えばちょっと嫌な奴を相手にするときに、「ああ、そうですか(笑)」と受け流しても、心の奥では意外とダメージ引きずってたりする。嫌な奴に対してよりもそういう自分自身に幻滅。
昔大変お世話になった心理学の教授に「君は感受性が物凄く豊かだから、他人の気持ちになったり、他人の経験をリアルにシュミレートして共感する能力に長けている」なんて言われたことがある、それは思いやりとか優しさの原動力になるし、人の相談にも乗れるし、コミュニケーションに於いてはメリットが多いらしい。
しかしその反面、敏感すぎることが悪い方向に転がっていくと精神的にきつくなる。まぁそのお陰でだいぶ精神的に大人になったし、寛大な態度で人に接することができるようになったと思うから、トータルでみたら悪いことばかりでもない。おっ、なんか今日はポジティブになれてる!よしよし。
もしかすると、そういう自分とバランスをとろうとして「無関心」を故意に生み出そうと試行錯誤した結果として生まれたのが自分の「マイペース」なのかも知れないと思った。人間の性格ってそういう無意識の「作為」の積み重ねみたいなもんだと思うんだ。全然複雑じゃねぇ、おっぱっぴー。
交友関係はどんどん広がってくけど本当の自分を見せられる相手は正直いって少ない、いるだけマシだけど。難しいことだけど、そういう人の前じゃなくても、ありのままの自分を出すべき場所を見失ってはいけないなと思った。要は最近、心無い人間の浅はかな行動に頭にきたってこと。
あー、どーでも良いや!結局興味のない奴はどうでもいいんだ。
昔大変お世話になった心理学の教授に「君は感受性が物凄く豊かだから、他人の気持ちになったり、他人の経験をリアルにシュミレートして共感する能力に長けている」なんて言われたことがある、それは思いやりとか優しさの原動力になるし、人の相談にも乗れるし、コミュニケーションに於いてはメリットが多いらしい。
しかしその反面、敏感すぎることが悪い方向に転がっていくと精神的にきつくなる。まぁそのお陰でだいぶ精神的に大人になったし、寛大な態度で人に接することができるようになったと思うから、トータルでみたら悪いことばかりでもない。おっ、なんか今日はポジティブになれてる!よしよし。
もしかすると、そういう自分とバランスをとろうとして「無関心」を故意に生み出そうと試行錯誤した結果として生まれたのが自分の「マイペース」なのかも知れないと思った。人間の性格ってそういう無意識の「作為」の積み重ねみたいなもんだと思うんだ。全然複雑じゃねぇ、おっぱっぴー。
交友関係はどんどん広がってくけど本当の自分を見せられる相手は正直いって少ない、いるだけマシだけど。難しいことだけど、そういう人の前じゃなくても、ありのままの自分を出すべき場所を見失ってはいけないなと思った。要は最近、心無い人間の浅はかな行動に頭にきたってこと。
あー、どーでも良いや!結局興味のない奴はどうでもいいんだ。
◆ 2007.11.29 Thu
りんごの子守唄
日本人ヴォーカリストたちによるビートルズのカヴァーアルバム「りんごの子守唄」が良くて最近よく聴いている。ビートルズのカヴァーアルバムのは数多く、イマイチなものから秀逸なものまでさまざま。最近だと映画「I am Sam」のサウンドトラック用に作られたカヴァー集もなかなかよかったけど。こっちの方が好き。
ビートルズの楽曲を鈴木惣一朗プロデュースのもとに「子守唄風のアレンジ」でカヴァーしたアルバム、昔ちょっとした話題になってたので知ってる人もいるんじゃないかな。まぁ音楽詳しい人なら「World Standardの鈴木惣一朗プロデュースって時点で良い決まってるだろ!」って感じかね。最近よく聴いてる、すげー落ち着く。
2005年に女性ヴォーカルによる赤盤「Apple Of Her Eyes りんごの子守唄」と2006年に男性ヴォーカルによる青盤「Apple Of His Eyes りんごの子守唄」が既にリリースされている、ヴォーカルも勿論良いんだけどとにかく子守歌風のアレンジが素晴らしい。原曲のテイストはちゃんとあるのに、アコースティック楽器のホワーンとした雰囲気に包まれていて不思議な感じ。
この二枚は売れに売れた名盤なので、未聴の方は是非聴いてみて。最近はヴィレッジ・ヴァンガードなんかにも並んでる、さすがにヴィレヴァン!あの店の一見カオスだけど、よく商品を見るとチョイスにかなりのセンスを感じる。たぶん相当詳しい人が選んでると思うなアレは。
11月21日にはりんごの子守唄シリーズの最終盤として白盤「Apple Of Our Eyes りんごの子守唄」がリリースされた、ビートルズ解散後(アフター・ビートルズ)にメンバーが手がけた楽曲を男女混声デュエット形式でカバーしたもの。これがちょうどリリースされたので紹介しようと思ったんだよなぁ。
ちなみにBeatlesのアルバムの中では本家「白盤」こと「White Album」が一番好き、これは死ぬほど聴いた。本当に死ぬかと思った。考えてみると僕のUKロック好みは中学時代にBeatlesに夢中になったところに原点がある、そしてそのまま今のRadioheadやらArctic Monkeysに繋がっていくわけだね。
ビートルズの楽曲を鈴木惣一朗プロデュースのもとに「子守唄風のアレンジ」でカヴァーしたアルバム、昔ちょっとした話題になってたので知ってる人もいるんじゃないかな。まぁ音楽詳しい人なら「World Standardの鈴木惣一朗プロデュースって時点で良い決まってるだろ!」って感じかね。最近よく聴いてる、すげー落ち着く。
2005年に女性ヴォーカルによる赤盤「Apple Of Her Eyes りんごの子守唄」と2006年に男性ヴォーカルによる青盤「Apple Of His Eyes りんごの子守唄」が既にリリースされている、ヴォーカルも勿論良いんだけどとにかく子守歌風のアレンジが素晴らしい。原曲のテイストはちゃんとあるのに、アコースティック楽器のホワーンとした雰囲気に包まれていて不思議な感じ。
Apple Of Her Eyes りんごの子守唄
1.Here Comes The Sun / 畠山美由紀
2.Across The Universe / Chie
3.Julia / イノトモ
4.Yesterday / アン・サリー
5.I Will / 原田郁子(クラムボン)
6.Sun King / noon
7.In My Life / インストゥルメンタル
8.Ask Me Why / Bophana
9.Dear Prudence / 中納良恵(Ego Wrappin')
10.Honey Pie / 首里フジコ
11.Because / 湯川潮音
12.I'll Follow The Sun / インストゥルメンタル
13.Goodnight / アン・サリー
Apple Of His Eyes りんごの子守唄
01. Blackbird / ハナレグミ
02. If I Needed Someone / Caravan
03. All Together Now / 小池龍平
04. If I Fell / Saigenji
05. Norwegian Wood / 青柳拓次
06. I’m So Tired / 曽我部恵一
07. Here There And Everywhere / インストゥルメンタル
08. Two Of Us / 葵忠浩
09. Mother Nature’s Son / おおはた雄一
10. Free As A Bird / キセル
11. She’s Leaving Home / インストゥルメンタル
12. Goodnight / 細野晴臣
この二枚は売れに売れた名盤なので、未聴の方は是非聴いてみて。最近はヴィレッジ・ヴァンガードなんかにも並んでる、さすがにヴィレヴァン!あの店の一見カオスだけど、よく商品を見るとチョイスにかなりのセンスを感じる。たぶん相当詳しい人が選んでると思うなアレは。
11月21日にはりんごの子守唄シリーズの最終盤として白盤「Apple Of Our Eyes りんごの子守唄」がリリースされた、ビートルズ解散後(アフター・ビートルズ)にメンバーが手がけた楽曲を男女混声デュエット形式でカバーしたもの。これがちょうどリリースされたので紹介しようと思ったんだよなぁ。
「Apple Of Our Eyes りんごの子守唄」
01. Love / アン・サリー+細野晴臣
02. Oh My Love / ハナレグミ+原田郁子
03. Bluebird / 千葉はな+蔡忠浩
04. Only You(And You Alone) / 小池光子+細野晴臣
05. Imagine / YO-KING+土岐麻子
06. Be Here Now / おおはた雄一+永山マキ
07. My Love / 土岐麻子+おおはた雄一
08. Look At Me / 湯川潮音+曽我部恵一
09. All Things Must Pass / 中納良恵+星野源
10. Here Today/蔡忠浩+アン・サリー
11. Grow Old with Me / 曽我部恵一+小池光子
12. Junk / インストゥルメンタル
13. Happy Xmas (War Is Over)
ちなみにBeatlesのアルバムの中では本家「白盤」こと「White Album」が一番好き、これは死ぬほど聴いた。本当に死ぬかと思った。考えてみると僕のUKロック好みは中学時代にBeatlesに夢中になったところに原点がある、そしてそのまま今のRadioheadやらArctic Monkeysに繋がっていくわけだね。
◆ 2007.11.28 Wed
声にならない叫び
オケの後輩達はメサイア演奏会に卒業演奏会と立て込んでる時期だ。
メサイア演奏会のチケットも無事ゲットして、それを近くて遠いところから眺めてる自分がいる。そんな大変な子達の「声にならない叫び」を聞いていて、俺も同じような時期にトップ&インスペクター以外の人たちのやる気の無さというか温度差に悩んでいたなぁ、なんて久しぶりに追憶してしまった。
あの時のメサイアなんて指揮者が癌の体を押して命がけで練習に来てたんだから、そんなことも知らず頑張らない人間を半殺しにしようかと本気で思ってた。悔しくて家で泣いてた、今だから言える話だけど。
卒演の時も「旅行に行きたいなら演奏会なんて参加しなきゃいいじゃん」、「お前はオケのお客様か?団員じゃないのか?」なんて可愛い顔して油断させながら猛毒を吐いてたっけ。練習場で一日中ペア練やって、懐かしい。
でも不思議な話で、結果的にどちらの演奏会も例年とは比べ物にならないくらいに本番は上手く行った。メサイアなどは「過去10年間で最高の出来」と指揮者に言われたし、卒演も「あの演奏会が卒演のクオリティーを一気に上げる歴史的転換の演奏会だった」なんて言われている。その時録音を今でもたまに聴くのだが、確かに良い演奏なのだ。
そんな当時の辛い状況の中で、いったい何が上手に働いたというのか?
一つには「経験」がある、前期後期と演奏会を経験することでトップ&ペク筆頭に同期の連中の間には、いつの間にか統率力や音楽感が培われていたから、それを上手に生かせた部分は大きい。
あとは音楽が「楽しかった」ということ、オーケストラで「演奏すること」も演奏する「作品」も心の底から好きだったから、どんな辛い時でも音楽をする瞬間だけはちゃっかり楽しんでた。義務感から開放されて音楽に耽溺する感じ。
こうやって列挙すると要素としてはあまりにも漠然としているようだが、この二つが生み出した土壇場の「波状効果」というのは物凄かったと思う。逆に言えば、結局どんなに音楽的に人間的に凄い人がいたとしても「自分たち」だけでは何も出来なかったってことだ。
「一部の人」が身を削ってがんばっても、そういう中途半端な人間たちが協力しないがために実りは薄くて、結局その「一部の人」たちが更に身を削る結果になるという悪循環が一番辛いんだ。
現役の時には後輩達に言ってたけど、そうやって「頑張ってる人」だけが辛くなる状況はダメだ。演奏会をやるのはトップ&ペクじゃなくて、「自分」なんだということを忘れてはいけない。
毎年のことではあるがトップもペクも自分の時間を犠牲にしながらこれ以上ないくらいフル稼働で頑張っているわけで、これ以上頑張ったり何かを変えようともがいても、体調崩してどんどん壊れていくだけだ。
あとは「寝ぼけたままの人たち」が起きるかどうかが演奏会の出来を決める最大の要素といっていい。それくらい自分が重要な「鍵」を握っていることに気付いてほしいし、なにより前で頑張っている人たちの「声にならない叫び」に気付いてほしい。
メサイア演奏会のチケットも無事ゲットして、それを近くて遠いところから眺めてる自分がいる。そんな大変な子達の「声にならない叫び」を聞いていて、俺も同じような時期にトップ&インスペクター以外の人たちのやる気の無さというか温度差に悩んでいたなぁ、なんて久しぶりに追憶してしまった。
あの時のメサイアなんて指揮者が癌の体を押して命がけで練習に来てたんだから、そんなことも知らず頑張らない人間を半殺しにしようかと本気で思ってた。悔しくて家で泣いてた、今だから言える話だけど。
卒演の時も「旅行に行きたいなら演奏会なんて参加しなきゃいいじゃん」、「お前はオケのお客様か?団員じゃないのか?」なんて可愛い顔して油断させながら猛毒を吐いてたっけ。練習場で一日中ペア練やって、懐かしい。
でも不思議な話で、結果的にどちらの演奏会も例年とは比べ物にならないくらいに本番は上手く行った。メサイアなどは「過去10年間で最高の出来」と指揮者に言われたし、卒演も「あの演奏会が卒演のクオリティーを一気に上げる歴史的転換の演奏会だった」なんて言われている。その時録音を今でもたまに聴くのだが、確かに良い演奏なのだ。
そんな当時の辛い状況の中で、いったい何が上手に働いたというのか?
一つには「経験」がある、前期後期と演奏会を経験することでトップ&ペク筆頭に同期の連中の間には、いつの間にか統率力や音楽感が培われていたから、それを上手に生かせた部分は大きい。
あとは音楽が「楽しかった」ということ、オーケストラで「演奏すること」も演奏する「作品」も心の底から好きだったから、どんな辛い時でも音楽をする瞬間だけはちゃっかり楽しんでた。義務感から開放されて音楽に耽溺する感じ。
こうやって列挙すると要素としてはあまりにも漠然としているようだが、この二つが生み出した土壇場の「波状効果」というのは物凄かったと思う。逆に言えば、結局どんなに音楽的に人間的に凄い人がいたとしても「自分たち」だけでは何も出来なかったってことだ。
「一部の人」が身を削ってがんばっても、そういう中途半端な人間たちが協力しないがために実りは薄くて、結局その「一部の人」たちが更に身を削る結果になるという悪循環が一番辛いんだ。
現役の時には後輩達に言ってたけど、そうやって「頑張ってる人」だけが辛くなる状況はダメだ。演奏会をやるのはトップ&ペクじゃなくて、「自分」なんだということを忘れてはいけない。
毎年のことではあるがトップもペクも自分の時間を犠牲にしながらこれ以上ないくらいフル稼働で頑張っているわけで、これ以上頑張ったり何かを変えようともがいても、体調崩してどんどん壊れていくだけだ。
あとは「寝ぼけたままの人たち」が起きるかどうかが演奏会の出来を決める最大の要素といっていい。それくらい自分が重要な「鍵」を握っていることに気付いてほしいし、なにより前で頑張っている人たちの「声にならない叫び」に気付いてほしい。
◆ 2007.11.23 Fri
性教育より性の環境
学生の妊娠中絶が後を絶たないそうだ。
教師をしている友人はこんな意見を言っていた。
「セックスを抑圧することはできない、抑圧するとかえって歪んだ性を助長してしまうしね、やっぱり性教育をきちんとするしかないよ」
でも「きちんとする」なんて、そんな頭の固いオッサンが考えそうな漠然としたスタンスじゃ絶対に解決できないと思うんだよね、若者達が避妊しないもう一つの理由を見逃してる気がする。
それは「避妊具の値段が高すぎる」ということだ。若者もバカではないから、避妊具を付けないことで背負うリスクなど教育されなくたって知っている。
それでも学生にとってコンドームに1500円以上かけるのは経済的にきついだろう、しかし彼らの性欲はそんなことお構いなしで湧き上がってくるわけで、準備が万全でないまま危険なセックスに及んでしまうわけだ。
国で製造会社に補助金とか出すなりして避妊具を安くすれば、この問題はだいぶ解決する気がする。まぁ実際そうするのは難しいけど。「大人になるまでセックスするな!」なんて言っても無理だ、そんなこと言ってる大人だって自分が若い頃はやることやってたんだから。あとはアダルトビデオの●外射精を法律で禁止すればあれを真似する男優気取りのアホも減ると思う。
性教育にしても大人が「寝た子を起こすな」みたいなスタンスを貫いたって、子供はもう既に「起きてる」わけだから、前提論をシフトしないと始まらないんだろうなぁ。
そういう意味で、我が母校である福島高校の男子校時代の保健体育の授業は神がかってた。F野先生の「おめぇら、ちゃんと付けろよ!」という一言が忘れられません、あんたはえらい!
◆関連記事:「避妊を考える」(2004/12/11)
教師をしている友人はこんな意見を言っていた。
「セックスを抑圧することはできない、抑圧するとかえって歪んだ性を助長してしまうしね、やっぱり性教育をきちんとするしかないよ」
でも「きちんとする」なんて、そんな頭の固いオッサンが考えそうな漠然としたスタンスじゃ絶対に解決できないと思うんだよね、若者達が避妊しないもう一つの理由を見逃してる気がする。
それは「避妊具の値段が高すぎる」ということだ。若者もバカではないから、避妊具を付けないことで背負うリスクなど教育されなくたって知っている。
それでも学生にとってコンドームに1500円以上かけるのは経済的にきついだろう、しかし彼らの性欲はそんなことお構いなしで湧き上がってくるわけで、準備が万全でないまま危険なセックスに及んでしまうわけだ。
国で製造会社に補助金とか出すなりして避妊具を安くすれば、この問題はだいぶ解決する気がする。まぁ実際そうするのは難しいけど。「大人になるまでセックスするな!」なんて言っても無理だ、そんなこと言ってる大人だって自分が若い頃はやることやってたんだから。あとはアダルトビデオの●外射精を法律で禁止すればあれを真似する男優気取りのアホも減ると思う。
性教育にしても大人が「寝た子を起こすな」みたいなスタンスを貫いたって、子供はもう既に「起きてる」わけだから、前提論をシフトしないと始まらないんだろうなぁ。
そういう意味で、我が母校である福島高校の男子校時代の保健体育の授業は神がかってた。F野先生の「おめぇら、ちゃんと付けろよ!」という一言が忘れられません、あんたはえらい!
◆関連記事:「避妊を考える」(2004/12/11)
◆ 2007.11.20 Tue
言葉が人生を変える
言葉は重要だ。言葉で人生は変わる。
「どれでも良いよ…」
「どれも良いね!」
どちらの言葉も同じことを意味しているけど、言われた相手が受ける印象が全く変わってくるのがわかる。その一瞬に放つ一言で場の空気も何もかも変わっていく、基本的に誰にでも好かれる人って「言葉」のニュアンスを吟味するのが上手なんだと思う。
「楽しかったけど、疲れたね…」
「疲れたけど、楽しかったね!」
感覚として日本語は最後の言葉がもっともインパクトが残るし、文法的にいっても「〜できる」「〜できない」などの一番重要な言葉が語尾に示されることが多いから、語尾マイナスの意味で終わるかプラスの意味で終わるかで印象は大きく変わっていくと思う。
この辺りから普段耳に入ってくる日常会話に考えをめぐらせていると、結論を先に言ってしまう現代日本人の短絡さに気付いてくる。「お粗末な演繹法」とでも言えば良いだろうか。例えば女の子がよく言ってるこんな台詞、たぶん誰でも聞いたことがあると思う。
「昨日ビックリした、〜が〜で…」
確かに最初に結論を言ってしまえば話の見通しも付きやすいから貧弱な語彙で出来事を伝える上ではとても便利なやり方なんだろう。でもこういう順番で人をひきつける話をするのは難しい、最初に話が見えすぎて興味をそそらないし、「〜が〜で…(ビックリしたの)」というような感じに結論が再び続くことが多いので内容もクドく感じるのだ
「昨日〜が〜で…、ビックリした。」
こんな風に帰納法的に話した方がスマートだし、気持ちも伝わりやすい気がする。気持ちを早く伝えたいという衝動をこらえて順序良く話すことが大事だ、「〜が〜で…」の部分を説明する語彙力に自信がない人は、なおさら意識的に話し方を変えて「内容」から伝えたい感情やを導く練習をすると良い気がする。
そう、オチを最初に言うと話がつまらなくなるのだ。基本的に「話の面白くない人」というのは、大抵このミスをして自分の首を絞めている気がする。例えば、昔話の代表作「桃太郎」を人に聞かせるというシチュエーションに置き換えると、いかにメチャクチャなことをしているかがわかる。
「桃太郎が鬼を退治したの、おじいさんは山へ芝刈りに…」
いきなりクライマックス!テンションの高さは伝わってくるけどこれじゃダメだね。(笑)言葉は重要だ!言葉を磨こうと思った。
「どれでも良いよ…」
「どれも良いね!」
どちらの言葉も同じことを意味しているけど、言われた相手が受ける印象が全く変わってくるのがわかる。その一瞬に放つ一言で場の空気も何もかも変わっていく、基本的に誰にでも好かれる人って「言葉」のニュアンスを吟味するのが上手なんだと思う。
「楽しかったけど、疲れたね…」
「疲れたけど、楽しかったね!」
感覚として日本語は最後の言葉がもっともインパクトが残るし、文法的にいっても「〜できる」「〜できない」などの一番重要な言葉が語尾に示されることが多いから、語尾マイナスの意味で終わるかプラスの意味で終わるかで印象は大きく変わっていくと思う。
この辺りから普段耳に入ってくる日常会話に考えをめぐらせていると、結論を先に言ってしまう現代日本人の短絡さに気付いてくる。「お粗末な演繹法」とでも言えば良いだろうか。例えば女の子がよく言ってるこんな台詞、たぶん誰でも聞いたことがあると思う。
「昨日ビックリした、〜が〜で…」
確かに最初に結論を言ってしまえば話の見通しも付きやすいから貧弱な語彙で出来事を伝える上ではとても便利なやり方なんだろう。でもこういう順番で人をひきつける話をするのは難しい、最初に話が見えすぎて興味をそそらないし、「〜が〜で…(ビックリしたの)」というような感じに結論が再び続くことが多いので内容もクドく感じるのだ
「昨日〜が〜で…、ビックリした。」
こんな風に帰納法的に話した方がスマートだし、気持ちも伝わりやすい気がする。気持ちを早く伝えたいという衝動をこらえて順序良く話すことが大事だ、「〜が〜で…」の部分を説明する語彙力に自信がない人は、なおさら意識的に話し方を変えて「内容」から伝えたい感情やを導く練習をすると良い気がする。
そう、オチを最初に言うと話がつまらなくなるのだ。基本的に「話の面白くない人」というのは、大抵このミスをして自分の首を絞めている気がする。例えば、昔話の代表作「桃太郎」を人に聞かせるというシチュエーションに置き換えると、いかにメチャクチャなことをしているかがわかる。
「桃太郎が鬼を退治したの、おじいさんは山へ芝刈りに…」
いきなりクライマックス!テンションの高さは伝わってくるけどこれじゃダメだね。(笑)言葉は重要だ!言葉を磨こうと思った。
◆ 2007.11.20 Tue
寒さが呼び起こす記憶
北の国にいってきた。
昨日初雪が降ったらしくものすごく寒かった。青春時代にも経験した肌を突き刺すようなこの寒さを久々に味わって、東京の寒さなんか可愛いもんだなとしみじみ思った、シベリウスの音楽が流れてきそうな雰囲気。寒いというより「痛い」に近いんだから。
この懐かしい寒さは昔のことを色々と思い出させる。忘れたいことは色々あるけれど、きっとどれか一つの要素でも欠けていたら今の自分にはなれなかったし、自分を支えてくれる色んな人にも出会えてなかった。そう思うと少しだけ楽になれるし、この寒さがいとおしくさえ思えてくる。
色々大事な用事を終えて山奥に逃避行、なんか文豪が引き籠もってそうな温泉旅館にいた。温泉も良かったし景色も綺麗だし、荒んだ心が癒された。紅葉がとにかく見事、寒さが安定して続いていたせいかこないだ行った箱根よりも色が鮮やかだったな。
真夜中に1人、星を眺めながら彼女と電話していたら、昔書いた日記の内容がふと頭をよぎって「帰らなきゃ」と思った。ただいま。
昨日初雪が降ったらしくものすごく寒かった。青春時代にも経験した肌を突き刺すようなこの寒さを久々に味わって、東京の寒さなんか可愛いもんだなとしみじみ思った、シベリウスの音楽が流れてきそうな雰囲気。寒いというより「痛い」に近いんだから。
この懐かしい寒さは昔のことを色々と思い出させる。忘れたいことは色々あるけれど、きっとどれか一つの要素でも欠けていたら今の自分にはなれなかったし、自分を支えてくれる色んな人にも出会えてなかった。そう思うと少しだけ楽になれるし、この寒さがいとおしくさえ思えてくる。
色々大事な用事を終えて山奥に逃避行、なんか文豪が引き籠もってそうな温泉旅館にいた。温泉も良かったし景色も綺麗だし、荒んだ心が癒された。紅葉がとにかく見事、寒さが安定して続いていたせいかこないだ行った箱根よりも色が鮮やかだったな。
真夜中に1人、星を眺めながら彼女と電話していたら、昔書いた日記の内容がふと頭をよぎって「帰らなきゃ」と思った。ただいま。
◆ 2007.11.15 Thu
経験が奏でる音楽
年齢を重ねた音楽家の音楽からは「経験の匂い」がする。
音楽の表現の幅は年齢と共に広がっていくのは間違いない。でも子供の良い演奏を聴いたりすると、本能的な部分において音楽に年齢は関係ないのかもしれないと思う。子供の演奏の中に「大人の音楽」を感じた瞬間のどきどき感が好き。
このどきどき感というのは、喩えるなら幼い少女が「愛と恋は違うのよ」とか大人しか吐かない台詞を吐いた瞬間の「!!!」という感じに似ている。でも子供は子供、自分の経験から出てきた言葉というわけではなくて、大人から反復練習で擦り込まれた「方法論」によって音楽を紡いでる。自分の経験というより伝え聞いた「経験談」といった感じだ。
というわけでヤンセンお姉さんの「経験」を感じる大人の演奏をどぞ。
バルトークのルーマニア民族舞曲良い曲だわ。この土臭い悲しさ!
音楽の表現の幅は年齢と共に広がっていくのは間違いない。でも子供の良い演奏を聴いたりすると、本能的な部分において音楽に年齢は関係ないのかもしれないと思う。子供の演奏の中に「大人の音楽」を感じた瞬間のどきどき感が好き。
このどきどき感というのは、喩えるなら幼い少女が「愛と恋は違うのよ」とか大人しか吐かない台詞を吐いた瞬間の「!!!」という感じに似ている。でも子供は子供、自分の経験から出てきた言葉というわけではなくて、大人から反復練習で擦り込まれた「方法論」によって音楽を紡いでる。自分の経験というより伝え聞いた「経験談」といった感じだ。
というわけでヤンセンお姉さんの「経験」を感じる大人の演奏をどぞ。
バルトークのルーマニア民族舞曲良い曲だわ。この土臭い悲しさ!
◆ 2007.11.14 Wed
悲観という迷宮からの逃走
「この気持ちを忘れずに。いつまでも、いつまでも…」
ネット上の友人達の日記を読んでて、病んでる人が多いことに気付いた。そういう季節だからなのか、夜の毒気にやられているのか。感傷への耽美はある意味で麻薬のように魅惑的だ。いつも客観的に物事と向き合ってる賢い人でさえ、この季節は悲劇に陶酔する自分に気付いてげんなりしている様子。
どちらにも共通してるのは物事の悲観的な側面ばかり見てしまうところ。人によっては「見ている」というよりもはや「探している」に近い。本当は平凡な日常の中で小説のような美しい悲劇を完成させるには、それなりの「工夫」が必要なのだ。そんな工夫は全然自分にとってプラスじゃないのに、誰もがそういう行動に走りたくなるんだな。
ネガティブ日記の急先鋒だった自分はというと、後悔したり落ち込むことは沢山あったけど、一つ一つ誠実に向き合ってポジティブに生きようと心がけていたりする。
たとえるなら、
「逆元気玉 〜オラの元気をみんなに分けるんだ!〜」、
あるいは、
「強気のアンパンマン 〜僕の頭を食べろ、これは命令だ!〜」
といった感じ。俺は何をいっているんだ…。
とりあえず、みんなドアラになっちまいな!!!
色々あって一晩寝ないでずっと色んなことを考えてみたんだけど、やっぱり「過去の自分」から逃げないで「これからの自分」を生きていくしかないと思った。こんなことを言うのは恥ずかしいけど、まっすぐに生きようと思う。そんな心からの誓いも込めて、今日は忘れずに「残すために」書いてみた。自分のために、大切な人のために。
「素直になる。見栄を張らない。嘘を付かない。」
心機一転がんばります。
ネット上の友人達の日記を読んでて、病んでる人が多いことに気付いた。そういう季節だからなのか、夜の毒気にやられているのか。感傷への耽美はある意味で麻薬のように魅惑的だ。いつも客観的に物事と向き合ってる賢い人でさえ、この季節は悲劇に陶酔する自分に気付いてげんなりしている様子。
どちらにも共通してるのは物事の悲観的な側面ばかり見てしまうところ。人によっては「見ている」というよりもはや「探している」に近い。本当は平凡な日常の中で小説のような美しい悲劇を完成させるには、それなりの「工夫」が必要なのだ。そんな工夫は全然自分にとってプラスじゃないのに、誰もがそういう行動に走りたくなるんだな。
ネガティブ日記の急先鋒だった自分はというと、後悔したり落ち込むことは沢山あったけど、一つ一つ誠実に向き合ってポジティブに生きようと心がけていたりする。
たとえるなら、
「逆元気玉 〜オラの元気をみんなに分けるんだ!〜」、
あるいは、
「強気のアンパンマン 〜僕の頭を食べろ、これは命令だ!〜」
といった感じ。俺は何をいっているんだ…。
とりあえず、みんなドアラになっちまいな!!!
色々あって一晩寝ないでずっと色んなことを考えてみたんだけど、やっぱり「過去の自分」から逃げないで「これからの自分」を生きていくしかないと思った。こんなことを言うのは恥ずかしいけど、まっすぐに生きようと思う。そんな心からの誓いも込めて、今日は忘れずに「残すために」書いてみた。自分のために、大切な人のために。
「素直になる。見栄を張らない。嘘を付かない。」
心機一転がんばります。
◆ 2007.11.12 Mon
モリコーネの映画音楽
ヨーヨー・マの弾くモリコーネの映画音楽のCDを聴いていた。
1曲目のGabriel's Oboeって曲が良かった。でもこの旋律はやっぱりオーボエで吹いた方が合うな、俺がオーボエ吹きだったらこの曲は絶対吹くと思う。なんでみんな吹かないのか疑問なくらい。
Gabriel's Oboe
モリコーネばっかり聴いていたらふと映画「海の上のピアニスト(The Legend of 1900)」の演奏シーンが急に観たくなってYouTubeで久しぶりに観てみた。今の気分にピッタリだった。
Magic Waltz
Playing Love
この映画はオーケストラの曲も素晴らしかったりする。モリコーネの映画音楽というと「ニューシネマパラダイス」ばかりに目が行きがちだが、個人的にはこの「海の上のピアニスト」の音楽が好きだ。メインテーマなどはドビュッシーの海を連想させるようなオーケストレーションでなんとも美しい。
The Legend of 1900 Main Theme
いいね、オーケストラの映画音楽って一つのジャンルとして凄く魅力があると思う。
1曲目のGabriel's Oboeって曲が良かった。でもこの旋律はやっぱりオーボエで吹いた方が合うな、俺がオーボエ吹きだったらこの曲は絶対吹くと思う。なんでみんな吹かないのか疑問なくらい。
Gabriel's Oboe
モリコーネばっかり聴いていたらふと映画「海の上のピアニスト(The Legend of 1900)」の演奏シーンが急に観たくなってYouTubeで久しぶりに観てみた。今の気分にピッタリだった。
Magic Waltz
Playing Love
この映画はオーケストラの曲も素晴らしかったりする。モリコーネの映画音楽というと「ニューシネマパラダイス」ばかりに目が行きがちだが、個人的にはこの「海の上のピアニスト」の音楽が好きだ。メインテーマなどはドビュッシーの海を連想させるようなオーケストレーションでなんとも美しい。
The Legend of 1900 Main Theme
いいね、オーケストラの映画音楽って一つのジャンルとして凄く魅力があると思う。
◆ 2007.11.12 Mon
ブラームスの《雨の歌》
「雨がやんだら、あなたとお散歩するの」
雨は人を憂欝にする、雨はときどき涙のように降り注ぎ、街を白く悲しく曇らせる。昨日はそんなどうしようもなく落ち込んでいたところに、音楽の雨が降りかかった。宿命的に無彩色で塗りつぶされていた心は鮮やかな色を取り戻し、雨に対して向けていた一つの「誤解」を自ら打ち明けることになる。
「…雨が憂欝なんじゃなくて、人の心が憂欝だったんだね」
ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番《雨の歌》という曲がある。彼のソナタは三曲あり一般的には3番が最も有名だが、個人的には断然この1番が断然好きだ。
個人的には初めて全楽章勉強して弾いたソナタ、シンプルだけど音程がとても難しくて苦労した覚えがある。初めてピアノと一緒に弾いた時は感動した、ピアノ伴奏が素敵なのだ。(しかし、このピアノは凄く難しい。だからピアノ科の人なんかに伴奏頼んでも断られることが多い)
【演目】 ブラームス/ヴァイオリンソナタ第1番 《雨の歌》
【演奏】 イツァーク・パールマン(Vn)、ダニエル・バレンボイム(Pf)
第1楽章
第2楽章
第3楽章
雨の歌という副題にぴったりな、この雰囲気が好きだ。憂鬱な雨の日はこれを弾くと元気が出る。雨の歌はしっとりとした中にも動きがあり、付点が生み出すリズムはまるで妖精の無邪気な小踊りのように聴こえてくるのだ。
このヴァイオリンソナタ第1番がこの名で呼ばれるようになったのは、第3楽章にクラウス・グロートの詩に書いた同名の歌曲の旋律が用いられているからだ。グロートは空を仰ぎ、祈りにも似た言葉を紡いでいる。
そうそう、チョン・キョンファの《雨の歌》が悩ましくて衝撃的だった。この人の雨の歌だけはずっと悲しくて胸が締め付けられる。キョンファはの演奏が若い頃はひたすら情熱的だったけど、だんだん歳を重ねるにつれて音楽が内面的になったと言われる。確かに聴いていると、彼女の深いところにある「心情の吐露」を目の当たりにしてしまったような、そんな気持ちになる。
「彼女にとっての雨ってなんだろうか…」としみじみ考えた。きっと雨にまつわる悲しい想い出があったに違いない、そういう演奏だと思う。「雨が憂欝なのではなく、人の心が憂欝なのだ」という言葉を逆の意味でかみ締めてしまう演奏だと思った。でも素敵。
忘れちゃいけない、雨で心が潤うときもあるんだ。少なくとも涙を拭きながら微笑んでいた「誰か」にとって、雨はもう悲しいだけものではなくなっていたと思う。雨が降ったら、雨がやんだあとのことを考えれば良いのさ。そうそう、明日は晴れるって、潤った大地を散歩しながら《晴れの歌》でも歌おうか。
雨は人を憂欝にする、雨はときどき涙のように降り注ぎ、街を白く悲しく曇らせる。昨日はそんなどうしようもなく落ち込んでいたところに、音楽の雨が降りかかった。宿命的に無彩色で塗りつぶされていた心は鮮やかな色を取り戻し、雨に対して向けていた一つの「誤解」を自ら打ち明けることになる。
「…雨が憂欝なんじゃなくて、人の心が憂欝だったんだね」
ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番《雨の歌》という曲がある。彼のソナタは三曲あり一般的には3番が最も有名だが、個人的には断然この1番が断然好きだ。
個人的には初めて全楽章勉強して弾いたソナタ、シンプルだけど音程がとても難しくて苦労した覚えがある。初めてピアノと一緒に弾いた時は感動した、ピアノ伴奏が素敵なのだ。(しかし、このピアノは凄く難しい。だからピアノ科の人なんかに伴奏頼んでも断られることが多い)
【演目】 ブラームス/ヴァイオリンソナタ第1番 《雨の歌》
【演奏】 イツァーク・パールマン(Vn)、ダニエル・バレンボイム(Pf)
第1楽章
第2楽章
第3楽章
雨の歌という副題にぴったりな、この雰囲気が好きだ。憂鬱な雨の日はこれを弾くと元気が出る。雨の歌はしっとりとした中にも動きがあり、付点が生み出すリズムはまるで妖精の無邪気な小踊りのように聴こえてくるのだ。
このヴァイオリンソナタ第1番がこの名で呼ばれるようになったのは、第3楽章にクラウス・グロートの詩に書いた同名の歌曲の旋律が用いられているからだ。グロートは空を仰ぎ、祈りにも似た言葉を紡いでいる。
雨よ降れ、そして私が子供の頃に、
雨が砂の中で泡立つ時に、
その時に見た夢を
再びあらわしておくれ
うっとうしい夏の暑さが
新鮮な涼しさと物憂げに争うとき、
そして輝く木の葉が露にぬれ、
苗床の青さが濃くなるとき、
小川にはだしで発つことは
何と気持ちのよいことか!
そして草原に歩み入って
清水を両手ですくうのだ。
雨よ降れ、私たちが子供の時に
戸口で歌った古い歌を
めざましておくれ!
外では雨滴が高鳴っていたあの時に!
あの雨の、濡れた甘いざわめきを
私は再び聴きたいのだ。
いとけなき子供の恐怖感のうちに、
私の魂を雨でうるおしたいのだ。
そうそう、チョン・キョンファの《雨の歌》が悩ましくて衝撃的だった。この人の雨の歌だけはずっと悲しくて胸が締め付けられる。キョンファはの演奏が若い頃はひたすら情熱的だったけど、だんだん歳を重ねるにつれて音楽が内面的になったと言われる。確かに聴いていると、彼女の深いところにある「心情の吐露」を目の当たりにしてしまったような、そんな気持ちになる。
「彼女にとっての雨ってなんだろうか…」としみじみ考えた。きっと雨にまつわる悲しい想い出があったに違いない、そういう演奏だと思う。「雨が憂欝なのではなく、人の心が憂欝なのだ」という言葉を逆の意味でかみ締めてしまう演奏だと思った。でも素敵。
忘れちゃいけない、雨で心が潤うときもあるんだ。少なくとも涙を拭きながら微笑んでいた「誰か」にとって、雨はもう悲しいだけものではなくなっていたと思う。雨が降ったら、雨がやんだあとのことを考えれば良いのさ。そうそう、明日は晴れるって、潤った大地を散歩しながら《晴れの歌》でも歌おうか。
◆ 2007.11.10 Sat
Sigur Ros - 「Hvarf / Heim」
Sigur Rosの新譜「Hvarf / Heim」を聴いた。
2枚組で「Hvarf」は過去の未発表曲が5曲入っていて、「Heim」には過去のアルバム収録曲のアコースティック・バージョン6曲が入ってる。フルアルバムへのステップとしてのファンに向けたミニアルバムといった感じかな。
うん、「Hvarf」も悪くないけど「Heim」のアコースティック・アレンジがなかなか良い。選曲も自分の好きな曲が並んでるし、オリジナルよりも音楽が生暖かくて良い。やっぱ俺ってハッキリしたバンドサウンドよりもこういうモヤモヤしたおとぎの国のような音楽が好きみたい。
Sigur Rosの音楽の幻想的な空気に僕はドビュッシー的なものを感じている。基本的に僕が聴いてる音楽は、「基本クラシックばっか聴いてるよ」なんていう頑固な人が割と入っていきやすい音楽が多い気がする。和声の美しさとか生音ストリングの暖かさとか、そういうクラシック的な美意識を刺激する音楽が好き。
というわけで自称クラシックヲタクの皆さん(麻生風に)、たまにはSigur Rosでも聴いてみたらどうでしょう。んで、これがいけちゃう人はそのままRadioheadの「KID A」でも聴いて黄泉の国にお逝きなさい。どうせクラシックは言わなくても一生聴くだろうし、あえて違う音楽を薦めたい。
というわけで、「Heim」のTrack2〜4に収められてる曲の映像を紹介。
Sigur Ros - Staralfur
Sigur Ros - Vaka
Sigur Ros - Agaetis Byrjun
興味の湧いた浮気性な方はこちらも見てみて。更新してないけど…。
2枚組で「Hvarf」は過去の未発表曲が5曲入っていて、「Heim」には過去のアルバム収録曲のアコースティック・バージョン6曲が入ってる。フルアルバムへのステップとしてのファンに向けたミニアルバムといった感じかな。
Hvarf
1. salka (2002)
2. hljómalind (1999)
3. í gær (2000)
4. von (1995)[from "Von"]
5. hafsól (1995)[from "Hoppípolla" original "Von"] 。
Heim
1. samskeyti [from "()"]
2. starálfur [from "Ágætis byrjun"]
3. vaka [from "()"]
4. ágætis byrjun [from "Ágætis byrjun"]
5. heysátan [from "Takk..."]
6. von [from "Von"]
うん、「Hvarf」も悪くないけど「Heim」のアコースティック・アレンジがなかなか良い。選曲も自分の好きな曲が並んでるし、オリジナルよりも音楽が生暖かくて良い。やっぱ俺ってハッキリしたバンドサウンドよりもこういうモヤモヤしたおとぎの国のような音楽が好きみたい。
Sigur Rosの音楽の幻想的な空気に僕はドビュッシー的なものを感じている。基本的に僕が聴いてる音楽は、「基本クラシックばっか聴いてるよ」なんていう頑固な人が割と入っていきやすい音楽が多い気がする。和声の美しさとか生音ストリングの暖かさとか、そういうクラシック的な美意識を刺激する音楽が好き。
というわけで自称クラシックヲタクの皆さん(麻生風に)、たまにはSigur Rosでも聴いてみたらどうでしょう。んで、これがいけちゃう人はそのままRadioheadの「KID A」でも聴いて黄泉の国にお逝きなさい。どうせクラシックは言わなくても一生聴くだろうし、あえて違う音楽を薦めたい。
というわけで、「Heim」のTrack2〜4に収められてる曲の映像を紹介。
Sigur Ros - Staralfur
Sigur Ros - Vaka
Sigur Ros - Agaetis Byrjun
興味の湧いた浮気性な方はこちらも見てみて。更新してないけど…。
◆ 2007.11.09 Fri
ドビュッシーの見た「月」
昨日に引き続きドビュッシーを紹介。
今日はヴァイオリンとピアノによる編曲版の「月の光」、オイストラフの演奏がセクシーでゾクゾクする。うん、いい顔してる!アゴの肉が素敵!こんなデブ猫みたいなおじいちゃんが僕は欲しかったんだ。(笑)
あと珍しいオーケストラ編曲版も紹介、サヴァリッシュとフィラデルフィア管弦楽団という素敵な組み合わせ。木管の色っぽい感じもなかなかいいな、なによりこの「うねり」はオケならではの魅力。そして、このお月様はきっとでっかい。
今日はヴァイオリンとピアノによる編曲版の「月の光」、オイストラフの演奏がセクシーでゾクゾクする。うん、いい顔してる!アゴの肉が素敵!こんなデブ猫みたいなおじいちゃんが僕は欲しかったんだ。(笑)
あと珍しいオーケストラ編曲版も紹介、サヴァリッシュとフィラデルフィア管弦楽団という素敵な組み合わせ。木管の色っぽい感じもなかなかいいな、なによりこの「うねり」はオケならではの魅力。そして、このお月様はきっとでっかい。
◆ 2007.11.08 Thu
ドビュッシーと秋を…
最近は何か聴こうと思ったときは迷わずドビュッシーのピアノ曲を聴いている。
毎年この次期になるとブラームスの後期のピアノ作品なんか聴いて孤独や死のイメージに耽溺してしまうのだけど。今年はなんだかそういう気分になれなくて、ドビュッシーの神秘的で官能的な美しさに身を浸している。
ラヴェルも含めたフランス音楽のエロスに満ちた美しさについては、既に語りつくした気がするけど。やっぱりサンソン・フランソワの未完の全集のエスプリに満ちた演奏などはいつ聴いても心に響く。晩年の演奏だから技術はだいぶ落ちているけど、この音色の引き出しの多さにはメロメロ。
YouTubeには残念ながらフランソワのドビュッシーはなかった、そのかわりドビュッシー本人による「二つのアラベスク」の演奏がピアノ・ロールで残っているので紹介しておく。ピアノロールがどれほどの再現度を持っているのか専門的な知識がないのだが、自由でお茶目な演奏。意外と激しいのは意外だった。
Arabesque No. 1
Arabesque No. 2
同じくピアノロールによる「月の光」と「亜麻色の髪の乙女」も見つけたから一緒に紹介。
Clair de Lune
La fille aux cheveux de lin
毎年「秋はブラームス」なんて言ってるけど、今年はあえてドビュッシーをリコメンドしてみる。素敵な秋の夜長を過ごしたい人にピッタリだ。
毎年この次期になるとブラームスの後期のピアノ作品なんか聴いて孤独や死のイメージに耽溺してしまうのだけど。今年はなんだかそういう気分になれなくて、ドビュッシーの神秘的で官能的な美しさに身を浸している。
ラヴェルも含めたフランス音楽のエロスに満ちた美しさについては、既に語りつくした気がするけど。やっぱりサンソン・フランソワの未完の全集のエスプリに満ちた演奏などはいつ聴いても心に響く。晩年の演奏だから技術はだいぶ落ちているけど、この音色の引き出しの多さにはメロメロ。
YouTubeには残念ながらフランソワのドビュッシーはなかった、そのかわりドビュッシー本人による「二つのアラベスク」の演奏がピアノ・ロールで残っているので紹介しておく。ピアノロールがどれほどの再現度を持っているのか専門的な知識がないのだが、自由でお茶目な演奏。意外と激しいのは意外だった。
Arabesque No. 1
Arabesque No. 2
同じくピアノロールによる「月の光」と「亜麻色の髪の乙女」も見つけたから一緒に紹介。
Clair de Lune
La fille aux cheveux de lin
毎年「秋はブラームス」なんて言ってるけど、今年はあえてドビュッシーをリコメンドしてみる。素敵な秋の夜長を過ごしたい人にピッタリだ。
◆ 2007.11.01 Thu
エルガー「希望と栄光の国」
エルガー自身の指揮による「希望と栄光の国」(威風堂々第1番)の映像を紹介しておこう、ビートルズのスタジオでお馴染みのEMIアビィロード・スタジオのが1931年に開設されたときのこけら落としの映像、このスタジオの初セッションはなんとエルガー指揮によるこの曲だったのだ!
エルガーの肉声も聞ける、「皆さんおはようございます、今日の良き日にぴったりな曲を演奏しましょう」とか言ってるね。彼は全ての男が見習うべき愛妻家、エルガーのような男になりたい。
エルガーの肉声も聞ける、「皆さんおはようございます、今日の良き日にぴったりな曲を演奏しましょう」とか言ってるね。彼は全ての男が見習うべき愛妻家、エルガーのような男になりたい。
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