◆ 2007.12.12 Wed
ヘンデル/オラトリオ《メサイア》
ヘンデルのオラトリオ《メサイア》の話。
YouTubeに僕の一番好きなマリナーの演奏があってテンション上がった、演奏も良いしこのホグウット版が一番しっくり来る。10〜11番以外は全て揃ってるので全てアップされているので紹介。全部観ると2時間はかかる、でも僕はいまだに暗譜してて音名で全部歌えたりする。なんてったってもう4回もヴァイオリンで演奏してますから。(笑)
クリスマスといったらメサイアなんだよ、ピンと来ない人が多いと思うが。今街なんかで流れてるクリスマスソングの原曲なんかは正にこのメサイアの中に入っていたりするんだZE。
というわけで今日は後輩達のメサイア演奏会、楽しみだ!この演奏会のために多くの物を犠牲にして頑張ってきた人たちがいる、そんな人たちに明日は「Messiah(救世主)」が降り立つことを願ってやまない。ちなみにこれ俺の思い出の曲、またの名を「片思いソング」。…みんな頑張れよ、俺歌うから!
「かぁ〜んふぉてぃ〜。」
…あ、ソロ歌うのは流石にまずいな。ソリストに譲ります。(笑)
YouTubeに僕の一番好きなマリナーの演奏があってテンション上がった、演奏も良いしこのホグウット版が一番しっくり来る。
【曲目】 ヘンデル:オラトリオ《メサイア》
【演奏】 ネヴィル・マリナー(指揮)/
アカデミー&コーラス・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
シルヴィア・マクネアー(S)、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Ms)、
マイケル・チャンス(C-T)、ジェリー・ハドリー(T)、
ロバート・ロイド(Bs)
1. Symphony
2 confort ye my people
3 Every valley shall be exalted.
4 And the glory of the Lord
5 thus saith the lord
6 but who made abide
7 And he shall purify
8 Behold, a virgin shall conceive
9 O thou that tellest good tidings to Zion.
10 For, behold, darkness shall cover the earth
11 The people that walked in darkness
12 for unto us a child is born
13 pifa
14 There were shepherds abiding in the field -
And lo! the angel of the Lord came upon them
15 And the angel said unto them
16 And suddenly there was with the angel
17 glory to God in the highest
18 Rejoice greatly
19 then shall the eyes
20 he shall feed is flock
21 his yoke is easy
22 Behold the lamb of God
23 He was despised
24 Surely He hath borne our griefs
25 And with His stripes we are healed
26 All we like sheep have gone astray
27 All they that see him
28 He trusted in God.
29 Thy rebuke hath broken His heart
30 Behold, and see if there be any sorrow
31 He was cut off out of the land of the living
32 But Thou didst not leave His soul in hell
33 Lift up your heads, O ye gates
34 Unto which of the angels said He
35 Let all the angels of God worship
36 Thou art gone up on high
37 The Lord gave the word
38 How beautiful are the feet of them
39 Their sound is gone out into all lands
40 Why do the nations so furiously rage together?
41 Let us break their bonds asunder
42 He that dwelleth in heaven
43 Thou shalt break them
44 Hallelujah!
45 I know that my Redeemer liveth
46 Since man came by death
47 Behold, I tell you a mystery
48 The trumpet shall sound
49 Then shall be brought to pass
50 O death, where is thy sting?
51 But thanks be to God
52 If God be for us, who can be against us?
53 Worthy is the Lamb that was slain
クリスマスといったらメサイアなんだよ、ピンと来ない人が多いと思うが。今街なんかで流れてるクリスマスソングの原曲なんかは正にこのメサイアの中に入っていたりするんだZE。
というわけで今日は後輩達のメサイア演奏会、楽しみだ!この演奏会のために多くの物を犠牲にして頑張ってきた人たちがいる、そんな人たちに明日は「Messiah(救世主)」が降り立つことを願ってやまない。ちなみにこれ俺の思い出の曲、またの名を「片思いソング」。…みんな頑張れよ、俺歌うから!
「かぁ〜んふぉてぃ〜。」
…あ、ソロ歌うのは流石にまずいな。ソリストに譲ります。(笑)
◆ 2007.12.10 Mon
沈黙を恐れろ!言葉を紡げ!
「しばらく二人で黙っているといい、その沈黙に耐えうる関係かどうか」
恋愛においても友情においても「沈黙」とは「恐怖」であり、人は沈黙を恐れて無理に言葉を紡ごうとすることがしばしばあると思う。思春期の少女のようにお喋りな自分は、この冒頭に紹介したキェルケゴールの言葉にドキッとしてしまった。そうかそうか…。
うーん…本当にそうだろうか?
キェルケゴールのいう関係を確かめるために意図的に作り出す「沈黙」において問われているのは「沈黙の性質」である、「言葉の要らない沈黙」なのか「言葉を失った沈黙」なのか。それを確かめるために意図的に沈黙を作り出すのは有意義な試みかもしれない。
しかし、キェルケゴールの言葉の表面だけに扇動されて「みんなも黙ってみようぜ!」などとは言うまい。平穏に満ちた「沈黙」とは、お互いのことを十分に理解しあえた関係の中に自然に生まれていくもので。そういった「言葉の要らない沈黙」が成り立つ関係になるには、それなりの対話の時間が必要だと思うのだ。
そのプロセスを踏み越えていきなり沈黙という試練を作り出したって、良い事など一つもない。「言葉を失った沈黙」はコミュニケーションのすれ違いが生む「隙間」でしかないわけで、やはり避けるべきものだと思う。意図的に作るなんてもってのほか。
逆に言えば、会ってからそれほど時間が経っていない人間と心地よい「沈黙」が作れたとしても、それは状況がたまたま生み出した「不完全な魔法」であって。実際に行動を共にしたり、対話をすることで、現実が見えてきた時にその沈黙の性質がひっくり返ることもあるのだ。
恋愛の沈黙に悩む、「ある親友」の幸福を祈って言葉を紡ごう。
なぜだか知らんが寺山修司風。最後は日本人らしく冷静になって、萩原朔太郎の素敵な言葉を思い出そう。
「最も親しき友人というものは、常に兄弟のように退屈である」
つまりはそういうことだ!…全然冷静になってないなw
恋愛においても友情においても「沈黙」とは「恐怖」であり、人は沈黙を恐れて無理に言葉を紡ごうとすることがしばしばあると思う。思春期の少女のようにお喋りな自分は、この冒頭に紹介したキェルケゴールの言葉にドキッとしてしまった。そうかそうか…。
うーん…本当にそうだろうか?
キェルケゴールのいう関係を確かめるために意図的に作り出す「沈黙」において問われているのは「沈黙の性質」である、「言葉の要らない沈黙」なのか「言葉を失った沈黙」なのか。それを確かめるために意図的に沈黙を作り出すのは有意義な試みかもしれない。
しかし、キェルケゴールの言葉の表面だけに扇動されて「みんなも黙ってみようぜ!」などとは言うまい。平穏に満ちた「沈黙」とは、お互いのことを十分に理解しあえた関係の中に自然に生まれていくもので。そういった「言葉の要らない沈黙」が成り立つ関係になるには、それなりの対話の時間が必要だと思うのだ。
そのプロセスを踏み越えていきなり沈黙という試練を作り出したって、良い事など一つもない。「言葉を失った沈黙」はコミュニケーションのすれ違いが生む「隙間」でしかないわけで、やはり避けるべきものだと思う。意図的に作るなんてもってのほか。
逆に言えば、会ってからそれほど時間が経っていない人間と心地よい「沈黙」が作れたとしても、それは状況がたまたま生み出した「不完全な魔法」であって。実際に行動を共にしたり、対話をすることで、現実が見えてきた時にその沈黙の性質がひっくり返ることもあるのだ。
恋愛の沈黙に悩む、「ある親友」の幸福を祈って言葉を紡ごう。
恋愛にも友情にも魔法など存在しない、
だから我々には対話が必要なのだ。
沈黙する暇があったらお互いを語れ。
大人ぶって寡黙なふりをするな。
愛する人の前では心を開いて子供になれ。
見栄を張るな、嘘を付くな、素直になれ。
書を捨てよ、町へ出よう。
素敵な人に会いに行こう。
ひゃっほう!!
なぜだか知らんが寺山修司風。最後は日本人らしく冷静になって、萩原朔太郎の素敵な言葉を思い出そう。
「最も親しき友人というものは、常に兄弟のように退屈である」
つまりはそういうことだ!…全然冷静になってないなw
◆ 2007.12.06 Thu
かくして私は酒を飲むのだ
今日は精神的にストンと落ちた、色々我慢しすぎた。
ポジティブになれてると錯覚して油断していたせいか、そんな自分に感傷的になって酔いしれるような余裕もなく本当にどうしようかとおもった。最近意味も無くイライラしてたもんな、ここ最近眠れなかったもたぶんそのせい、理由が明白だったらすぐに解決できたけど、その理由が「自分」だからどうしようもない。
わがままを言わないからわがままなやつが許せなくなるし、周りに気を遣ってるから空気の読めないやつが許せなくなる。要するに心が物凄く狭くなって小さい人間に成り下がった感じ。自分を取り巻くあらゆるものが、一気にストレスへと豹変し襲ってきたんだよ、狂気のファンタジー。発散しないで溜めるからこうなっちまうんだ!
中途半端に心理学を大学で志してたからわかるけど、こういうのって危ないんだ、ストレスの矛先が自分自身に向いてきて「自分の存在」を許せなくなると立派な鬱病です。まぁ俺の場合「消えてしまいたい!」なんて思っても、「死ぬ勇気があるなら生きてみろよ俺!!」って思い直す人だから大丈夫なんだけど。なんか単純に損した気分、もっと良い一日にできたなぁなんて思春期の少女みたいなことを考えた。
とりわけ今日は一人でいるときじゃなかったからまずい、目の前にいる相手を置いてきぼりにして考えつめたら相手も困るよ。でも一緒にいる人が嫌いな人じゃなくて良かった、嫌いな相手だったら「建前」という名の愛敬を失って、日頃の恨みを晴らさんとばかりに毒づいたことだろう。やっぱり愛は地球を救うのだ、24時間テレビは金で地球を救おうとするけどね。
僕には論理的に言葉で相手追い詰めるような陰湿な部分があるから、一度毒を吐きはじめたら相手が立ち直れないくらい深い傷を負うまでやめられなくなってしまう。極端なんだよな。僕が感情を内側に溜め込んで誰にでも愛敬を振りまくのは、そうやって自分をコントロールできなくなるのが恐いからだ。
しかし、言うまでもなく感情を内側に溜め込むことはもっと致命的なリスクを背負うことになる。心の容れ物が決壊しそうになるのだ、それを防ごうと必死になることでストレスは二重になる。悪循環です。これでも大分昔より感情を出せるようにはなったし、八方美人な自分を少しは崩せるようになったけど、まだまだ安定感が足りないなと今日は実感した。
でもね、分かったんだよ。アルコール欠乏症、最近家で禁酒してたから酒が足りなかったんだ。人間が古の時代から自分にダメージを与えるのを知りながら酒を飲み続けてきた理由がわかった。酒は全てに白黒つけることなくグレーなままで許せるような「柔らかさ」を生むために必要なもの、それは「人生の潤滑剤」だった!!というわけでウイスキーをがぶ飲みしながら書いてるよ。
明日から頑張るぞ、くそったれ!!
ポジティブになれてると錯覚して油断していたせいか、そんな自分に感傷的になって酔いしれるような余裕もなく本当にどうしようかとおもった。最近意味も無くイライラしてたもんな、ここ最近眠れなかったもたぶんそのせい、理由が明白だったらすぐに解決できたけど、その理由が「自分」だからどうしようもない。
わがままを言わないからわがままなやつが許せなくなるし、周りに気を遣ってるから空気の読めないやつが許せなくなる。要するに心が物凄く狭くなって小さい人間に成り下がった感じ。自分を取り巻くあらゆるものが、一気にストレスへと豹変し襲ってきたんだよ、狂気のファンタジー。発散しないで溜めるからこうなっちまうんだ!
中途半端に心理学を大学で志してたからわかるけど、こういうのって危ないんだ、ストレスの矛先が自分自身に向いてきて「自分の存在」を許せなくなると立派な鬱病です。まぁ俺の場合「消えてしまいたい!」なんて思っても、「死ぬ勇気があるなら生きてみろよ俺!!」って思い直す人だから大丈夫なんだけど。なんか単純に損した気分、もっと良い一日にできたなぁなんて思春期の少女みたいなことを考えた。
とりわけ今日は一人でいるときじゃなかったからまずい、目の前にいる相手を置いてきぼりにして考えつめたら相手も困るよ。でも一緒にいる人が嫌いな人じゃなくて良かった、嫌いな相手だったら「建前」という名の愛敬を失って、日頃の恨みを晴らさんとばかりに毒づいたことだろう。やっぱり愛は地球を救うのだ、24時間テレビは金で地球を救おうとするけどね。
僕には論理的に言葉で相手追い詰めるような陰湿な部分があるから、一度毒を吐きはじめたら相手が立ち直れないくらい深い傷を負うまでやめられなくなってしまう。極端なんだよな。僕が感情を内側に溜め込んで誰にでも愛敬を振りまくのは、そうやって自分をコントロールできなくなるのが恐いからだ。
しかし、言うまでもなく感情を内側に溜め込むことはもっと致命的なリスクを背負うことになる。心の容れ物が決壊しそうになるのだ、それを防ごうと必死になることでストレスは二重になる。悪循環です。これでも大分昔より感情を出せるようにはなったし、八方美人な自分を少しは崩せるようになったけど、まだまだ安定感が足りないなと今日は実感した。
でもね、分かったんだよ。アルコール欠乏症、最近家で禁酒してたから酒が足りなかったんだ。人間が古の時代から自分にダメージを与えるのを知りながら酒を飲み続けてきた理由がわかった。酒は全てに白黒つけることなくグレーなままで許せるような「柔らかさ」を生むために必要なもの、それは「人生の潤滑剤」だった!!というわけでウイスキーをがぶ飲みしながら書いてるよ。
明日から頑張るぞ、くそったれ!!
◆ 2007.12.05 Wed
恐怖と不安に支配された恋愛
恋愛は恐怖感や不安感に支配されやすいなぁなんて時々考える。
特に、男女のどちらかが不安定な精神状態になった時が危ない。例えば付き合っている女の子から突然「私って淋しくなると、かまってくれる人なら誰でも良くなるのかなぁ…」なんて言われたとしよう。
さぁ大変だ!ここで男性諸君はどんな風に言葉を返すだろう?
「じゃ、俺よりかまってくれる人がいればそっちに行っちゃうわけ?」
質問にカッとなってついそんな刺々しい言葉を返してしまう人は、そういう恋愛に自分から引き込んでしまうタイプかもしれない。
しかしこの返し方じゃマズいよ、雰囲気が悪くなって泥沼になってしまうのは明らかだろう。でも、こんな返しをしてしまう人って実際かなり多いんじゃないかと思う。じゃあどんな返し方をしたら良いのか考えたい。
ネガティブになってしまっている人間に何を問いかけたってネガティブな答えしか返ってこないに決まっているのだ、まして「そんなことない、あなたじゃないと嫌」なんてポジティブな答えを無理やり捻り出させようとするなんてナンセンス。
こういうときは基本的に相手にターンを与えない方が良いと思う。友人に模範回答と題し、シュミレーションしてみたら「勉強になった!」「いいね!」と男女問わず無駄に賞賛されたので、ここにも書いてみる。
基本的にはディスカッションと同じ要領だと思う、ネガティブな要素の全てに対してカウンターパートを示すなりポジティブな切り口を示すなりした方が相手も病んだ状態から抜け出せるきっかけになる。
こういうネガティブなことを言ってくるときの人間が本当に求めているのは、そこから救ってくれる「前向きな相手の姿」だと思う。恐怖感や不安感で必死にしがみ付く恋愛にならないために、それらをポジティブに捉えられる客観性と柔らかさを持って相手と向き合うことって大切だ。
ポジティブといっても、セックスの気持ちよさで事勿れにするような強引な解決法でなんとか持ってるようになったら末期だと思う。ショスタコーヴィチの第五交響曲で議論になった言葉になぞらえるなら、「強制された歓喜」はやはり悲鳴でしかないのだ。ひぃひぃ…。
特に、男女のどちらかが不安定な精神状態になった時が危ない。例えば付き合っている女の子から突然「私って淋しくなると、かまってくれる人なら誰でも良くなるのかなぁ…」なんて言われたとしよう。
さぁ大変だ!ここで男性諸君はどんな風に言葉を返すだろう?
「じゃ、俺よりかまってくれる人がいればそっちに行っちゃうわけ?」
質問にカッとなってついそんな刺々しい言葉を返してしまう人は、そういう恋愛に自分から引き込んでしまうタイプかもしれない。
しかしこの返し方じゃマズいよ、雰囲気が悪くなって泥沼になってしまうのは明らかだろう。でも、こんな返しをしてしまう人って実際かなり多いんじゃないかと思う。じゃあどんな返し方をしたら良いのか考えたい。
ネガティブになってしまっている人間に何を問いかけたってネガティブな答えしか返ってこないに決まっているのだ、まして「そんなことない、あなたじゃないと嫌」なんてポジティブな答えを無理やり捻り出させようとするなんてナンセンス。
こういうときは基本的に相手にターンを与えない方が良いと思う。友人に模範回答と題し、シュミレーションしてみたら「勉強になった!」「いいね!」と男女問わず無駄に賞賛されたので、ここにも書いてみる。
淋しくなったらちゃんと言ってね、〜が淋しいと感じる時はこっちも淋しいんだから。そこで我慢するのはお互いが辛くなるだけだよ。
"誰でも"っていえるのは、相性がそこそこ良い人と今までたまたま付き合えたからそういえるだけだよ、実際そんなことは無い。そんなネガティブなことばかり考えて"今"を疎かにしてたら、どんな相手とだって上手く行かないよ。もっと前向きに恋愛しよう。
少なくとも俺はたとえ淋しくなったって〜じゃなきゃ嫌だよ。
基本的にはディスカッションと同じ要領だと思う、ネガティブな要素の全てに対してカウンターパートを示すなりポジティブな切り口を示すなりした方が相手も病んだ状態から抜け出せるきっかけになる。
こういうネガティブなことを言ってくるときの人間が本当に求めているのは、そこから救ってくれる「前向きな相手の姿」だと思う。恐怖感や不安感で必死にしがみ付く恋愛にならないために、それらをポジティブに捉えられる客観性と柔らかさを持って相手と向き合うことって大切だ。
ポジティブといっても、セックスの気持ちよさで事勿れにするような強引な解決法でなんとか持ってるようになったら末期だと思う。ショスタコーヴィチの第五交響曲で議論になった言葉になぞらえるなら、「強制された歓喜」はやはり悲鳴でしかないのだ。ひぃひぃ…。
◆ 2007.12.04 Tue
女性の理想の体系
ヨーロッパでは女性の「理想の体系」の意識改革が進められつつあるらしい。簡単に言うと、現在のモデルの体系に代表されるような病的なほどガリガリ痩せた体を美しいとする現在の行き過ぎた美意識を変えよう、ということらしい。
ちょっと前に日本のニュースでも伝えられたが、ブラジルの女性モデルが拒食症で死亡するという衝撃的な出来事があったのも手伝って、ガリガリの美意識に対してNoを突きつける風潮が欧州では広がって来ているんだそうな。
具体的には店頭に並ぶ衣服のサイズを大きめに設定したり(当然マネキンのサイズも大きくするんだそうだ)、雑誌やファッションショーなどに従来よりもすこしふくよかなモデルを起用するなどの試みが少しずつ広がっているらしい。知らなかった…。
確かに実際に服を着る現代人の平均的な体系を考慮したら、明らかにモデルの皆さんの標準的な体系は「現実離れ」している。実際にあるブランドでは、サイズを大きめに変えることで衣服の売り上げが飛躍的にアップしたらしい。
この動きはインポートのブランドが浸透している日本にも少しずつ影響を与えるような気がする。まぁそもそも海外サイズって日本の規格より大きめだから、あんまり大きな変化にはならない気がするけど。
女性達の語る理想の体系というのはたいてい骨が浮き出るほどガリガリである。しかし男性の殆どは程よい贅肉のある女性、つまり「普通の体格」が好きというのが現実でそこには大きなギャップがある。病的なくらいの痩せたいという女性に会うといつも、「普通の健康的な体系を目指したらいいのに…」と思う、ガリガリに痩せて喜んでいるのは女性だけだということに気付いてほしい。
女性の体のやわらかさの半分は「優しさ」で出来ているんだ!と僕は声を大にして訴えたい、つまるところバファリンなんだよ。ほら、程良い二の腕の肉とか最高だろ!プニプニ感のない女性なんて自分に言わせれば、エゴン・シーレの絵に出てくるようないデフォルメされつくされた苦悩の化身でしかない!
男も一緒でムキムキよりもちょっとその上に贅肉が乗ってるくらいが良いもんね、僕はそう信じながら今日も筋トレとスイーツ(笑)を繰り返すのだ。最近やっと太って来ました、かなり嬉しい…プックプク!
ちょっと前に日本のニュースでも伝えられたが、ブラジルの女性モデルが拒食症で死亡するという衝撃的な出来事があったのも手伝って、ガリガリの美意識に対してNoを突きつける風潮が欧州では広がって来ているんだそうな。
具体的には店頭に並ぶ衣服のサイズを大きめに設定したり(当然マネキンのサイズも大きくするんだそうだ)、雑誌やファッションショーなどに従来よりもすこしふくよかなモデルを起用するなどの試みが少しずつ広がっているらしい。知らなかった…。
確かに実際に服を着る現代人の平均的な体系を考慮したら、明らかにモデルの皆さんの標準的な体系は「現実離れ」している。実際にあるブランドでは、サイズを大きめに変えることで衣服の売り上げが飛躍的にアップしたらしい。
この動きはインポートのブランドが浸透している日本にも少しずつ影響を与えるような気がする。まぁそもそも海外サイズって日本の規格より大きめだから、あんまり大きな変化にはならない気がするけど。
女性達の語る理想の体系というのはたいてい骨が浮き出るほどガリガリである。しかし男性の殆どは程よい贅肉のある女性、つまり「普通の体格」が好きというのが現実でそこには大きなギャップがある。病的なくらいの痩せたいという女性に会うといつも、「普通の健康的な体系を目指したらいいのに…」と思う、ガリガリに痩せて喜んでいるのは女性だけだということに気付いてほしい。
女性の体のやわらかさの半分は「優しさ」で出来ているんだ!と僕は声を大にして訴えたい、つまるところバファリンなんだよ。ほら、程良い二の腕の肉とか最高だろ!プニプニ感のない女性なんて自分に言わせれば、エゴン・シーレの絵に出てくるようないデフォルメされつくされた苦悩の化身でしかない!
男も一緒でムキムキよりもちょっとその上に贅肉が乗ってるくらいが良いもんね、僕はそう信じながら今日も筋トレとスイーツ(笑)を繰り返すのだ。最近やっと太って来ました、かなり嬉しい…プックプク!
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