◆ 2008.01.17 Thu
音楽とMusicは違うのか
「Music」という言葉の語源を辿っていくと、「Muse(ミューズ、ムーサ)」すなわち「女神」という単語に行き着く。ギリシャ神話には9人の女神が、音楽を初めとした人間の芸術の全てを司るアポロンに仕えたというエピソードに起源を持っているのだそうだ。その起源から考えればすべての芸術は「ミューズの恩寵」によってもたらされている人間の営みなのだ。
「音楽」という言葉が日本にはある、言うまでも無く英語で言う「Music」を指す言葉だ。「楽」と言う漢字には元来音を出す「道具」という意味合いがあったらしいが、次第に音楽そのものを指すようになったのだという。現代では「楽しむ」という意味で解釈されることが多い、「音を楽しもう!」なんて言葉を音楽をやっている現代人ならば一度は口にしたことがあるのではないだろうか。
そう考えてくると「music」を「音楽」と訳することにある種の違和感を感じるようになる、「音で(聴衆を)楽しませる」のは音楽の最も大きな役目・目的だが、音楽そのものではないのではないかという懐疑が生まれるのだ。意訳して夏目漱石の如く造語を作るなら「music」は「神音」とでも訳した方が相応しい気がしてくる。
しかし同時に「音楽」という言葉の持つエンターテイメント性を前面押し出した非常に親しみやすいニュアンスとはかけ離れた「神々しさ」が生まれ、ここに日本人は新たな違和感を感じるだろう。この違和感の正体は「宗教の違い」であり、それに基づいた「精神」の違いなのだと思う。
僕が西洋のいわゆる「クラシック音楽」を実際に演奏していて、よりその本質に迫った言葉だと思うのは「音楽」ではなく「music(=神音)」であり、エヴァンゲリオンの渚カヲル君の言葉を借りれば正に「リリンの生み出した文化の極み」だと思う。(笑)「音楽には女神が宿っていて、そこからインスピレーションを受けながら人間は音楽を生み出しているのだ!」などと、妄想を膨らました方が何故かクラシックはしっくりくる。
更に考えを深めていくと、この「神々しさ」がクラシックの「高尚さ」や「近寄りがたさ」生み出す要素になっているのだと気付く。同時に僕はダニー・ケイというアメリカのコメディアンのことを思い出した。彼ははそんな「Music」の精神を逆手にとって、ニューヨーク・フィルと共に「Musicで音楽する」という物凄いことをやってのけている。
因みにダニー・ケイは楽譜などは全く読めないのだが、そのタクトさばきは実に見事で笑いとは別のところで感心してしまう。全てを本格的にやっているからこそこの「シュールな笑い」は生まれているし「Musicのまま音楽する」ことが出来ているのだと思った。高尚な「Music」を親しみ易い「音楽」に変えるのも演奏者の役目なんだなと喜劇王に学ばされる。
音楽を愛する全ての人に観てほしい映像。
「音楽」という言葉が日本にはある、言うまでも無く英語で言う「Music」を指す言葉だ。「楽」と言う漢字には元来音を出す「道具」という意味合いがあったらしいが、次第に音楽そのものを指すようになったのだという。現代では「楽しむ」という意味で解釈されることが多い、「音を楽しもう!」なんて言葉を音楽をやっている現代人ならば一度は口にしたことがあるのではないだろうか。
そう考えてくると「music」を「音楽」と訳することにある種の違和感を感じるようになる、「音で(聴衆を)楽しませる」のは音楽の最も大きな役目・目的だが、音楽そのものではないのではないかという懐疑が生まれるのだ。意訳して夏目漱石の如く造語を作るなら「music」は「神音」とでも訳した方が相応しい気がしてくる。
しかし同時に「音楽」という言葉の持つエンターテイメント性を前面押し出した非常に親しみやすいニュアンスとはかけ離れた「神々しさ」が生まれ、ここに日本人は新たな違和感を感じるだろう。この違和感の正体は「宗教の違い」であり、それに基づいた「精神」の違いなのだと思う。
僕が西洋のいわゆる「クラシック音楽」を実際に演奏していて、よりその本質に迫った言葉だと思うのは「音楽」ではなく「music(=神音)」であり、エヴァンゲリオンの渚カヲル君の言葉を借りれば正に「リリンの生み出した文化の極み」だと思う。(笑)「音楽には女神が宿っていて、そこからインスピレーションを受けながら人間は音楽を生み出しているのだ!」などと、妄想を膨らました方が何故かクラシックはしっくりくる。
更に考えを深めていくと、この「神々しさ」がクラシックの「高尚さ」や「近寄りがたさ」生み出す要素になっているのだと気付く。同時に僕はダニー・ケイというアメリカのコメディアンのことを思い出した。彼ははそんな「Music」の精神を逆手にとって、ニューヨーク・フィルと共に「Musicで音楽する」という物凄いことをやってのけている。
因みにダニー・ケイは楽譜などは全く読めないのだが、そのタクトさばきは実に見事で笑いとは別のところで感心してしまう。全てを本格的にやっているからこそこの「シュールな笑い」は生まれているし「Musicのまま音楽する」ことが出来ているのだと思った。高尚な「Music」を親しみ易い「音楽」に変えるのも演奏者の役目なんだなと喜劇王に学ばされる。
音楽を愛する全ての人に観てほしい映像。
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