◆ 2008.04.19 Sat

音楽とセックスは相似形

最近色んなコンサートに行ってます。

こないだはノセダ指揮&BBCフィルの演奏会でヒラリーハーンのシベリウスを聴いて久しぶりに感動した、ノセダの指揮良かった、情熱的だけど力押しじゃなくて、聴かせ上手で…ああいうタイプの巧さに僕も憧れる。ヒラリーハーンも凄かった、最前列で聞いて悶絶した。

あとは諏訪内晶子のリサイタルにも行ったな。ドビュッシーはあの日の白眉だったと思う、フランスに住んでるとやっぱ違うのかなとか考えたり。でもあの人の音はやっぱ近代が合うと思った、シュニトケとかね。

…全部思い出せない。学生&アマオケもいくつか聴きました。

うん、生はやっぱり良いね。こないだの音楽仲間との飲み会などでは、勢い余って「音楽にコンドームはいらない!」という名言を生み出してしまったほどだ。バーンスタインの言葉を引用するまでもなく「音楽とセックスは相似形」なのだよ。

演奏を見れば、その人のセックスがどんなものかが大まかに想像できる。美しい旋律を血も涙も無く奏でる演奏家などは淡々としたセックスをするだろうし、テンポが走りがちで落ち着きの無い演奏家はせかせかしたセックスをするだろう。しかし、そう考えると濃厚で重い演奏をするロシア人演奏家などはみんな絶倫ということになってしまうのだが。(笑)

そういう卑猥な視点でしか演奏家を見られなくなったら君はもう変態だ!おめでとう!
◆ 2008.02.12 Tue

恋は乞い合い思い合い

恋愛は「〜をしてもいい」っていう同意をお互いに取りあって、増やしていくことだ

何で読んだのか忘れてしまったのだけれど、そんなことが書いてあって「ああ、そうかもしれない!」と納得した。「恋」は「乞い」であるというわけだ。なるほど、確かにお互いにその心理的ハードルを少しずつ高くしていくことは、正に恋愛プロセスの中心であって「楽しみ」といっていいと思う。

心理的ハードルの高い「乞い」を成就させていくことで、お互いの関係はどんどん近づいていく。しかし、その方向を間違うと「思いやり」が欠如して関係が拗れてしまう要因にもなってくると思う。一般的なカップルが3ヶ月ほどで別れやすい理由も、色々な「乞い」が一通り成就するのにかかる平均的な期間が3ヶ月なのだと考えると納得がいく。言い換えれば、3ヶ月でお互いの「我が儘」が開けっ広げになるわけだ。

「乞い」のプロセスを具体的に考えてみると、例えば「手を繋ぐ→キスをする→セックスをする」という性的なものばかり思い浮かぶ人も多いと思うが。そんなものは基本ハードルのようなもので、健康な体と精神を持っていれば「本能」だけでいとも簡単に越えることができる。難しいのはもっと理性的な部分の「思いやり」のハードルなんだと思う。

心を許しきって我が儘を言ってくる相手をどこまで「許せるか」、色々な付き合いの中で相手をどこまで「優先できるか」、色々な選択の中で相手を「選べるか」。世の中のカップルというのは、殆どがそういう類いの心理的ハードルの高さを乗り越えられずに挫折し、別れているんだと思う。しかし、個々人それぞれに乗り越えられない一定の「高さ」が仮にあるとしたら、人間は誰と付き合っても同じところで挫折してしまうことになる。

しかし言うまでもなく、実際はそんなことはない。つまり重要なのはハードルの「高さ」ではなく「相手」なのだ、それは例えば生理的な「相性」とも言えるけど、それ以上に重要なのはお互いに「乞い」と「許し」のギブアンドテイクを成り立たせる努力をすることなのかもしれないと思った。

「思いやり」を「思い合い」にするってことだよな。
テーマ:恋愛 - ジャンル:恋愛
【恋愛】   Comment(0)  TrackBack(0)   
◆ 2008.02.12 Tue

天然を自称することの矛盾

あたし天然だからさ

そう言って来る女性に時々出くわす。…自称してる時点で天然じゃないと思うわ。周囲に誰も言ってくれる人がいないから自分から主張しなきゃいけなくなってるんだろう。

天然を自称する女性というのは、どうやら「天然」を個性的なキャラ或いは長所のようなものであると無意識に考えているらしい。アホか。

「ドジで可愛い女の子」ってのは確かにいるんだ、それは間違いない。でもそれを許したくなるのは、そこに「子供のような純粋さ」と「場を和ませる空気」が含まれているからだ。

自称して演出された「天然」なんて不愉快だ。単に自分の頭の悪さや空気の読めなさをキャラとして正当化しているだけだもんな。

僕が他人に「天然だね」って言う時は、「バカだね」をマイルドに言っていることが多い。こういう類いのスイーツ(笑)は苦手だ。「そんなやついないだろ!」って思うんだけど、意外といたりするから世の中は恐ろしい。

演じるならもっと巧妙に演じて「夢見させて」欲しいものだ。
テーマ:雑記 - ジャンル:日記
【雑記】   Comment(0)  TrackBack(0)   
◆ 2008.01.17 Thu

音楽とMusicは違うのか

Music」という言葉の語源を辿っていくと、「Muse(ミューズ、ムーサ)」すなわち「女神」という単語に行き着く。ギリシャ神話には9人の女神が、音楽を初めとした人間の芸術の全てを司るアポロンに仕えたというエピソードに起源を持っているのだそうだ。その起源から考えればすべての芸術は「ミューズの恩寵」によってもたらされている人間の営みなのだ。

音楽」という言葉が日本にはある、言うまでも無く英語で言う「Music」を指す言葉だ。「楽」と言う漢字には元来音を出す「道具」という意味合いがあったらしいが、次第に音楽そのものを指すようになったのだという。現代では「楽しむ」という意味で解釈されることが多い、「音を楽しもう!」なんて言葉を音楽をやっている現代人ならば一度は口にしたことがあるのではないだろうか。

そう考えてくると「music」を「音楽」と訳することにある種の違和感を感じるようになる、「音で(聴衆を)楽しませる」のは音楽の最も大きな役目・目的だが、音楽そのものではないのではないかという懐疑が生まれるのだ。意訳して夏目漱石の如く造語を作るなら「music」は「神音」とでも訳した方が相応しい気がしてくる。

しかし同時に「音楽」という言葉の持つエンターテイメント性を前面押し出した非常に親しみやすいニュアンスとはかけ離れた「神々しさ」が生まれ、ここに日本人は新たな違和感を感じるだろう。この違和感の正体は「宗教の違い」であり、それに基づいた「精神」の違いなのだと思う。

僕が西洋のいわゆる「クラシック音楽」を実際に演奏していて、よりその本質に迫った言葉だと思うのは「音楽」ではなく「music(=神音)」であり、エヴァンゲリオンの渚カヲル君の言葉を借りれば正に「リリンの生み出した文化の極み」だと思う。(笑)「音楽には女神が宿っていて、そこからインスピレーションを受けながら人間は音楽を生み出しているのだ!」などと、妄想を膨らました方が何故かクラシックはしっくりくる。

更に考えを深めていくと、この「神々しさ」がクラシックの「高尚さ」や「近寄りがたさ」生み出す要素になっているのだと気付く。同時に僕はダニー・ケイというアメリカのコメディアンのことを思い出した。彼ははそんな「Music」の精神を逆手にとって、ニューヨーク・フィルと共に「Musicで音楽する」という物凄いことをやってのけている。



因みにダニー・ケイは楽譜などは全く読めないのだが、そのタクトさばきは実に見事で笑いとは別のところで感心してしまう。全てを本格的にやっているからこそこの「シュールな笑い」は生まれているし「Musicのまま音楽する」ことが出来ているのだと思った。高尚な「Music」を親しみ易い「音楽」に変えるのも演奏者の役目なんだなと喜劇王に学ばされる。

音楽を愛する全ての人に観てほしい映像。
◆ 2007.12.12 Wed

ヘンデル/オラトリオ《メサイア》

ヘンデルのオラトリオ《メサイア》の話。

YouTubeに僕の一番好きなマリナーの演奏があってテンション上がった、演奏も良いしこのホグウット版が一番しっくり来る。10〜11番以外は全て揃ってるので全てアップされているので紹介。全部観ると2時間はかかる、でも僕はいまだに暗譜してて音名で全部歌えたりする。なんてったってもう4回もヴァイオリンで演奏してますから。(笑)

【曲目】 ヘンデル:オラトリオ《メサイア》
【演奏】 ネヴィル・マリナー(指揮)/
アカデミー&コーラス・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
シルヴィア・マクネアー(S)、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Ms)、
マイケル・チャンス(C-T)、ジェリー・ハドリー(T)、
ロバート・ロイド(Bs)

1. Symphony
2 confort ye my people
3 Every valley shall be exalted.

4 And the glory of the Lord
5 thus saith the lord
6 but who made abide

7 And he shall purify
8 Behold, a virgin shall conceive
9 O thou that tellest good tidings to Zion.

10 For, behold, darkness shall cover the earth
11 The people that walked in darkness

12 for unto us a child is born
13 pifa
14 There were shepherds abiding in the field -
And lo! the angel of the Lord came upon them
15 And the angel said unto them

16 And suddenly there was with the angel
17 glory to God in the highest
18 Rejoice greatly

19 then shall the eyes
20 he shall feed is flock

21 his yoke is easy
22 Behold the lamb of God
23 He was despised
24 Surely He hath borne our griefs
25 And with His stripes we are healed
26 All we like sheep have gone astray

27 All they that see him
28 He trusted in God.

29 Thy rebuke hath broken His heart
30 Behold, and see if there be any sorrow
31 He was cut off out of the land of the living
32 But Thou didst not leave His soul in hell

33 Lift up your heads, O ye gates
34 Unto which of the angels said He
35 Let all the angels of God worship

36 Thou art gone up on high
37 The Lord gave the word
38 How beautiful are the feet of them
39 Their sound is gone out into all lands

40 Why do the nations so furiously rage together?
41 Let us break their bonds asunder

42 He that dwelleth in heaven
43 Thou shalt break them

44 Hallelujah!
45 I know that my Redeemer liveth
46 Since man came by death
47 Behold, I tell you a mystery
48 The trumpet shall sound

49 Then shall be brought to pass
50 O death, where is thy sting?
51 But thanks be to God

52 If God be for us, who can be against us?
53 Worthy is the Lamb that was slain

クリスマスといったらメサイアなんだよ、ピンと来ない人が多いと思うが。今街なんかで流れてるクリスマスソングの原曲なんかは正にこのメサイアの中に入っていたりするんだZE。

というわけで今日は後輩達のメサイア演奏会、楽しみだ!この演奏会のために多くの物を犠牲にして頑張ってきた人たちがいる、そんな人たちに明日は「Messiah(救世主)」が降り立つことを願ってやまない。ちなみにこれ俺の思い出の曲、またの名を「片思いソング」。…みんな頑張れよ、俺歌うから!

「かぁ〜んふぉてぃ〜。」

…あ、ソロ歌うのは流石にまずいな。ソリストに譲ります。(笑)


Template by まるぼろらいと / ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ